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<title>ssh-スーパー小論文ハイスクール</title>
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<description>小論文・面接・志望理由書など「言葉による自己表現」をベースに、考える力・リテラシー・教科学習さらに教育問題など、教育全般を扱うサイトです。　since Oct. 20, 2006</description>
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<dc:creator>shira</dc:creator>
<dc:date>2012-05-16T22:03:05+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-05-16">
<title>ssh525　社説の読み方〜沖縄返還40周年編(2)</title>
<link>http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-05-16</link>
<description>　では、1日遅れで社説展開した産経クンに登場していただきましょう。◆◆沖縄復帰４０年　安保激変乗り切る要石に　沖縄の本土復帰４０年を迎え、地元宜野湾市で政府・沖縄県共催の記念式典が行われた。　沖縄は先の大戦で多大な犠牲を強いられ、今も在日米軍基地専用施設の７４％が集中する。歴史的にも戦略的にも特異なその境遇に思いをはせつつ日本の平和と安全を見詰め直す機会としたい。　とりわけ国民全体で考えたいことは、この間に日本の安全保障環境が激変したことだ。１９７２年の復帰当時はベトナム戦争末期に至り、冷戦下の日米にとって最大の脅威は北方のソ連だった。　４０年後の今、アジア太平洋の脅威の焦点は、北朝鮮の核・ミサイル開発や中国の強引な海洋進出に変わった。必然的に尖閣諸島を含む沖縄の戦略的重要性も、ますます増大しているのが現実だ。　加えて米国は巨額の国防費削減を迫られ、日本には「米国頼み」を脱して自らの安全確保と日米同盟への一層の貢献が求められていることを忘れてはなるまい。　復帰当時９６万人だった人口は１４０万人となり、本土で活躍するスポーツ選手、芸能人など人的・文化的交流も深まった。半面、本土との経済格差は小さくない。　大戦時の沖縄戦の戦没者は１８万８千人で、うち１２万人以上が県民の犠牲者だ。戦後も長く米施政権下に置かれた。こうした歴史をもっと国民で共有すべきだろう。　同時に、沖縄県民も悲しい過去を超えて未来にも目を向けてほしい。ルース駐日米大使も「沖縄は日米同盟の礎だ」と評価した。沖縄の位置や役割を冷静にとらえつつ、「安保も経済も」の両立を目指したい。日本の安全が守られてこそ沖縄の平和が維持される。　普天間移設を含む米軍再編計画も基地負担削減と抑止力強化を目的とし、政府は地元振興を図ることが原点だったことを改めて想起することが必要だ。普天間の固定化を回避する道もそこにある。　にもかかわらず、民主党政権下で迷走を重ね、国民の不信や亀裂を招いた責任は重大である。　野田佳彦首相は式典で、同盟強化、基地負担軽減、振興を通じて「日本の安全を確保する」と約束した。その言葉を着実かつ速やかに行動に移してもらいたい。　沖縄は返還されたが、北方領土はロシアに、竹島は韓国に不法占拠されたままだ。これらが返らない限り、戦後は終わらない。そのことも銘記しておきたい。◆◆　まず、1日遅れで社説展開したことを批判しておきます。　沖縄復帰40周年が2012年..</description>
<dc:subject>社説の読み方</dc:subject>
<dc:creator>shira</dc:creator>
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<div>　では、1日遅れで社説展開した産経クンに登場していただきましょう。</div><div><br /></div><font color="#0000ff">◆◆沖縄復帰４０年　安保激変乗り切る要石に<br />　沖縄の本土復帰４０年を迎え、地元宜野湾市で政府・沖縄県共催の記念式典が行われた。<br />　沖縄は先の大戦で多大な犠牲を強いられ、今も在日米軍基地専用施設の７４％が集中する。歴史的にも戦略的にも特異なその境遇に思いをはせつつ日本の平和と安全を見詰め直す機会としたい。<br />　とりわけ国民全体で考えたいことは、この間に日本の安全保障環境が激変したことだ。１９７２年の復帰当時はベトナム戦争末期に至り、冷戦下の日米にとって最大の脅威は北方のソ連だった。<br />　４０年後の今、アジア太平洋の脅威の焦点は、北朝鮮の核・ミサイル開発や中国の強引な海洋進出に変わった。必然的に尖閣諸島を含む沖縄の戦略的重要性も、ますます増大しているのが現実だ。<br />　加えて米国は巨額の国防費削減を迫られ、日本には「米国頼み」を脱して自らの安全確保と日米同盟への一層の貢献が求められていることを忘れてはなるまい。<br />　復帰当時９６万人だった人口は１４０万人となり、本土で活躍するスポーツ選手、芸能人など人的・文化的交流も深まった。半面、本土との経済格差は小さくない。<br />　大戦時の沖縄戦の戦没者は１８万８千人で、うち１２万人以上が県民の犠牲者だ。戦後も長く米施政権下に置かれた。こうした歴史をもっと国民で共有すべきだろう。<br />　同時に、沖縄県民も悲しい過去を超えて未来にも目を向けてほしい。ルース駐日米大使も「沖縄は日米同盟の礎だ」と評価した。沖縄の位置や役割を冷静にとらえつつ、「安保も経済も」の両立を目指したい。日本の安全が守られてこそ沖縄の平和が維持される。<br />　普天間移設を含む米軍再編計画も基地負担削減と抑止力強化を目的とし、政府は地元振興を図ることが原点だったことを改めて想起することが必要だ。普天間の固定化を回避する道もそこにある。<br />　にもかかわらず、民主党政権下で迷走を重ね、国民の不信や亀裂を招いた責任は重大である。<br />　野田佳彦首相は式典で、同盟強化、基地負担軽減、振興を通じて「日本の安全を確保する」と約束した。その言葉を着実かつ速やかに行動に移してもらいたい。<br />　沖縄は返還されたが、北方領土はロシアに、竹島は韓国に不法占拠されたままだ。これらが返らない限り、戦後は終わらない。そのことも銘記しておきたい。◆◆</font><div><font color="#0000ff"><br /></font></div><div>　まず、1日遅れで社説展開したことを批判しておきます。</div><div>　沖縄復帰40周年が2012年5月15日であることはずーっと前からわかっていたのですから、あらかじめ準備して当日に掲載するのは簡単です。1日遅れの展開は、産経クンがこの話題にさほど重きを置いていないという意味を表しています。そういう意図であるなら許し難いし、意図がないのならあまりに無神経です。日経クンにまで遅れを取っては言い訳は効かんでしょう。</div><div>　で、内容がまた軽い、軽い。サラリと要約しますと、</div><div><ul><li>　大事なこと・・・安全保障　日米同盟　経済振興　未来　民主党の責任　日本の安全　北方領土　竹島</li><li>大事なことに比べて軽いこと・・・基地集中　沖縄の悲しい過去　沖縄の平和</li></ul></div><div>　産経クンも東京目線丸出し。フジサンケイグループってもんです。</div><div>　で、そうやって沖縄にさらなるガマンを求めた上で守られた「日本の平和」の中、彼らは何をするのか？</div><div><br /></div><div><font color="#0000ff">◆◆AKB総選挙　フジテレビが生中継</font></div><div><font color="#0000ff">　6月6日に東京の日本武道館で行われるAKBの選抜総選挙を、フジテレビが生中継することになった。実際の開票特番風にL字画面も活用、すべての開票結果を速報する。(以下略)(読売新聞　5月16日)◆◆</font></div><div><br /></div><div>　こういうのを見ると、竜巻がお台場を直撃してくれないかなと願ったりしたくなります。で、実際にそうなったら「天罰だと思う」とコメントして差し上げましょう。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　(ここで深呼吸を10回ほどして気持ちを鎮めます)</div><div>　え〜、では、最後に模範答案の琉球新報社説を。</div><a name="more"></a><div><br /></div><font color="#0000ff">◆◆復帰記念式典／差別と犠牲断ち切るとき　沖縄に民主主義の適用を<br />　民主主義社会は世論を尊重することが基本です。なぜ、（日米）両政府とも沖縄県民の切実な声をもっと尊重しないのですか。 　</font><div><font color="#0000ff">　復帰４０周年記念式典で上原康助元沖縄開発庁長官はこう述べた。ほとんどの県民が共有する疑問だろう。なぜ政府は沖縄に民主主義を適用しないのだろうか。 　</font></div><div><font color="#0000ff">　県民の願いは、ほんのささやかなことでしかない。米軍基地の移設を、拒否すれば強要されることがない他県の国民と同様に、沖縄にも強要しないでほしいということだ。沖縄の民意も、他県と同じ重みでくみ取ってほしい。  繰り返す二重基準 　差別の例証としてよく取り上げられるのが、国土の０・６％しかない沖縄に全国の７４％の米軍専用基地が集中するという点だ。だが、より問題なのは政府の態度である。 </font></div><div><font color="#0000ff">　２００５年の在日米軍再編協議で米側は、沖縄の海兵隊の九州、北海道など本土への移転を打診した。だが日本側は検討しようとすらせず、打診自体をひた隠しにした。 　防衛庁（当時）首脳はその理由を「本土はどこも反対決議の山」だからと説明した。実際には正式に可決した自治体議会はなかったにもかかわらず、だ。</font></div><div><font color="#0000ff"> 　政権交代後もそうだ。普天間飛行場の徳之島移転案は正式打診もしていないのに、反対の空気をくんで断念した。だが沖縄は知事も地元市長も反対で、県議会が全会一致で反対決議をしたにもかかわらず、押し付けようとしている。</font></div><div><font color="#0000ff"> 　同様の二重基準（ダブルスタンダード）は、米海兵隊の垂直離着陸輸送機ＭＶ２２オスプレイの配備でも繰り返している。政府は当初、本土の米軍基地に一時駐機し先行運用することで安全性をアピールする予定だったが、地元の反発で断念した。</font></div><div><font color="#0000ff"> 　しかし沖縄では猛反発をよそに、今夏にも配備を強行しようとしている。よりにもよって世界一危険とされる普天間飛行場に、だ。しかも県都那覇で組み立て、市街地上空で試験飛行するという。政府は都心の新宿や銀座の上空で同じことを許すだろうか。</font></div><div><font color="#0000ff"> 　野田佳彦首相は復帰記念式典で「沖縄の基地負担の早期軽減を具体的に目に見える形で進める」と述べた。政府が今まさに進めようとしていることとの、あまりの乖離（かいり）に言葉を失う。</font></div><div><font color="#0000ff"> 　閣僚は来県するたび「沖縄の民意に耳を傾ける」と口にする。今回の首相もそうだ。だが耳を傾けた結果、実行したためしはない。  </font></div><div><font color="#0000ff"><br /></font><div><font color="#0000ff">—低姿勢の「演出」— 　</font></div><div><font color="#0000ff">　沖縄の民意をくむ意思などないのに、低姿勢を演じる。そして「政府がこれほどお願いしているのに、受け入れない沖縄はわがままだ」という国民世論を喚起しようとしている。そう見るのはうがちすぎだろうか。</font></div><div><font color="#0000ff"> 　美辞麗句はもういい。沖縄の意思をくむなら、首相はまず真っ先にオスプレイ配備を撤回させてもらいたい。その上で普天間・海兵隊の県外・国外移設に本気で取り組んでほしい。</font></div><div><font color="#0000ff"> 　東日本大震災後、福島と沖縄の近似性が指摘されるようになった。危険は周縁部に負わせ、利益は中央が享受する構図がうり二つだ。国策を進めるため補助金を投じた結果、地域経済が国依存型になってしまう点も似ている。</font></div><div><font color="#0000ff"> 　違うのは、沖縄では銃剣を突き付けられて土地を収奪された点だ。「誘致」などしていない。</font></div><div><font color="#0000ff"> 　もっと大きく異なる点もある。原発事故後の福島に、政府が新たな原発を造るだろうか。県議会も知事も反対しているのに、原発を強要することなどできるだろうか。今、政府がしようとしているのはそういうことだ。</font></div><div><font color="#0000ff"> 　差別を自覚した県民は、もはや分水嶺を越えている。もう犠牲を甘受するだけの存在には戻れない。政府はその重みを知るべきだ。次の世代に犠牲を強いることのないよう、今の世代で差別の連鎖を断ち切りたい。◆◆  </font><div><font color="#0000ff"><br /></font></div><div><font color="#0000ff">　</font>どうですか。美辞麗句ばかりのダブルスタンダードという指摘。民意を汲むと言いながら何ら実行しない歴代政府への批判。手続きの時点ですでに不公平な扱いがされているという指摘。福島との類似点と相違点の指摘。どれも中央紙に抜け落ちている視点です。</div></div></div><div>　この社説を「地元ゆえの切実さ」と総括するなら、アナタはまったく読解力がありません。この社説は、視点観点の独自性といい、論理の一貫性といい、純粋に論説文として中央5紙より優れています。</div><div>　感情の問題じゃありません。文章そのもののデキがまるで違うのです。</div><div>　これ読むと、朝日クンと毎日クンもまだまだです。ましてやあとの3紙はゴミクズ以下の有害無益社説です。</div><div><br /></div><div>　今回の社説の読み方ではっきりしたのは、中央メディアこそ「沖縄差別」を実践しているという、実に情けない事実です。</div><div><br /></div><div>　沖縄問題も原発問題も、とどのつまりは「地方に負担を押し付けて潤う中央と、中央からのほどこしで糊口をしのぐしかない地方」という、明治以来の我が国のシステムの矛盾が根っ子にあるようです。</div><div>　sshとしては、これからもしつこく東京至上主義を批判し続けることになりそうです。</div><div>　</div><div><br /></div>
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<item rdf:about="http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-05-15">
<title>ssh524　社説の読み方〜沖縄返還40周年編(1)</title>
<link>http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-05-15</link>
<description>　あれからもう40年ですか。　沖縄がアメリカ領から日本へと返還されたのは1972年。私は小学生でした。　その小学校のある先生が結婚して沖縄にハネムーンに行ったというのは覚えています。当時、沖縄はもっとも身近な「海外」でした。アメリカ領だったので、当然クルマは右側通行でした。　沖縄がアメリカから日本に返還されて40周年という節目の5月15日ですから、本来であれば言祝ぐべきめでたい日のはずです(歴史的には沖縄はもともと日本でもアメリカでもない独立した国ですが)。しかし現実は全然そうじゃない。そういう訳で、この日の中央紙社説もあまりめでたくない言説が並びました。　まずは朝日クン。2本立てで、リキ入ってます。◆◆沖縄復帰４０年―まだそこにある不条理　４０年もともに過ごせば、お互いの気持ちや痛みをわかりあえるものだ。しかし、きょう復帰４０年を迎えた沖縄と本土との関係は、そうなっていない。　朝日新聞と沖縄タイムスの４月の共同世論調査では、米軍基地が減らないのは「本土による差別だ」との回答が、沖縄で５０％に上った。こんな答えを生む状況を、放っておいていいはずがない。　日本が主権を回復した１９５２年、国内の米軍基地の９割は本土にあった。その後、沖縄への移転、本土内での集約が進み、復帰時には５９％が沖縄にあった。いまは７４％で、「基地の中に沖縄がある」と言われる。　この間、政府は沖縄の人たちの神経を逆なでしてきた。　見通しが立たない米海兵隊の普天間飛行場の名護市への移設を「唯一の有効な解決策」と言い続けるのは、その典型だ。　そもそも、なぜ沖縄に海兵隊が必要なのか。　朝鮮半島や台湾海峡に近い戦略的要衝にある沖縄に存在することが「抑止力」になる――。政府はこう説明するが、戦略的位置づけには専門家の間でも議論が分かれる。近年は米議会からも「沖縄には必要ない」との声も上がっている。　米軍の存在意義は、この４０年で変化している。共産主義の防波堤から、冷戦後のテロとの戦い、朝鮮半島の有事対応、そして中国の脅威への備えと重点を移してきた。　沖縄からすれば、基地存続ありきの理屈づけに見える。　復帰４０年の節目にあたって、原発と基地問題を対比する考え方が増えてきた。　原発事故は、電力の受益者である多くの国民の目を、エネルギー政策に向けさせる契機になった。　米軍の沖縄駐留による安全保障の受益者は、主に本土の人々である。だが、全人口の１％の沖縄県民がい..</description>
<dc:subject>社説の読み方</dc:subject>
<dc:creator>shira</dc:creator>
<dc:date>2012-05-15T22:35:21+09:00</dc:date>
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<div>　あれからもう40年ですか。</div><div>　沖縄がアメリカ領から日本へと返還されたのは1972年。私は小学生でした。</div><div>　その小学校のある先生が結婚して沖縄にハネムーンに行ったというのは覚えています。当時、沖縄はもっとも身近な「海外」でした。アメリカ領だったので、当然クルマは右側通行でした。</div><div><br /></div><div>　沖縄がアメリカから日本に返還されて40周年という節目の5月15日ですから、本来であれば言祝ぐべきめでたい日のはずです(歴史的には沖縄はもともと日本でもアメリカでもない独立した国ですが)。しかし現実は全然そうじゃない。そういう訳で、この日の中央紙社説もあまりめでたくない言説が並びました。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　まずは朝日クン。2本立てで、リキ入ってます。</div><font color="#0000ff">◆◆沖縄復帰４０年―まだそこにある不条理</font><br /><font color="#0000ff">　４０年もともに過ごせば、お互いの気持ちや痛みをわかりあえるものだ。しかし、きょう復帰４０年を迎えた沖縄と本土との関係は、そうなっていない。</font><br /><font color="#0000ff">　朝日新聞と沖縄タイムスの４月の共同世論調査では、米軍基地が減らないのは「本土による差別だ」との回答が、沖縄で５０％に上った。こんな答えを生む状況を、放っておいていいはずがない。</font><br /><font color="#0000ff">　日本が主権を回復した１９５２年、国内の米軍基地の９割は本土にあった。その後、沖縄への移転、本土内での集約が進み、復帰時には５９％が沖縄にあった。いまは７４％で、「基地の中に沖縄がある」と言われる。</font><br /><font color="#0000ff">　この間、政府は沖縄の人たちの神経を逆なでしてきた。</font><br /><font color="#0000ff">　見通しが立たない米海兵隊の普天間飛行場の名護市への移設を「唯一の有効な解決策」と言い続けるのは、その典型だ。</font><br /><font color="#0000ff">　そもそも、なぜ沖縄に海兵隊が必要なのか。</font><br /><font color="#0000ff">　朝鮮半島や台湾海峡に近い戦略的要衝にある沖縄に存在することが「抑止力」になる――。政府はこう説明するが、戦略的位置づけには専門家の間でも議論が分かれる。近年は米議会からも「沖縄には必要ない」との声も上がっている。</font><br /><font color="#0000ff">　米軍の存在意義は、この４０年で変化している。共産主義の防波堤から、冷戦後のテロとの戦い、朝鮮半島の有事対応、そして中国の脅威への備えと重点を移してきた。</font><br /><font color="#0000ff">　沖縄からすれば、基地存続ありきの理屈づけに見える。</font><br /><font color="#0000ff">　復帰４０年の節目にあたって、原発と基地問題を対比する考え方が増えてきた。</font><br /><font color="#0000ff">　原発事故は、電力の受益者である多くの国民の目を、エネルギー政策に向けさせる契機になった。</font><br /><font color="#0000ff">　米軍の沖縄駐留による安全保障の受益者は、主に本土の人々である。だが、全人口の１％の沖縄県民がいくら訴えても、残る９９％の間で、基地をめぐる議論は広がらない。</font><br /><font color="#0000ff">　猛烈な騒音被害も、事故への日常的な恐怖感も、本土の人々が共有しようとしないからだ。</font><br /><font color="#0000ff">　一方で、同じ沖縄の無人島の尖閣諸島をめぐる動きには、一部の人々が敏感に反応する。</font><br /><font color="#0000ff">　この落差は、安全保障をめぐる国民世論のいびつさを象徴しているように見える。</font><br /><font color="#0000ff">　経済的な支援策では埋めきれない不条理なまでの重荷を、沖縄は負っている。負わせているのは、本土の人々だ。</font><br /><font color="#0000ff">　この現実から目をそらすような安全保障政策を、いつまでも続けていくわけにはいかない。◆◆</font><br /><br /><font color="#0000ff">◆◆沖縄復帰４０年―めざせ、環境先進地</font><br /><font color="#0000ff">　米軍基地の存在は、沖縄の経済的な自立を阻んできた。</font><br /><font color="#0000ff">　だが、県民総所得に占める軍用地料など基地関連収入の割合は年々、相対的に減っている。復帰時には１６％あったが、いまや５％ほどだ。</font><br /><font color="#0000ff">　こんな実情を反映して、１０年ごとの沖縄振興計画を、今回初めて県が主体的につくり、きょう正式決定する。</font><br /><font color="#0000ff">　これまでの国まかせから脱却し、県が具体策を練る。それこそが真の自立に向けた出発点になるはずだ。</font><br /><font color="#0000ff">　沖縄県の１人あたりの県民所得は全国最少の部類で、東京都民の半分ほどだ。</font><br /><font color="#0000ff">　完全失業率は最も高い。</font><br /><font color="#0000ff">　経済の疲弊ぶりを示す数字に読めるが、沖縄を「一番元気を失っていない都道府県」（「デフレの正体」、藻谷浩介氏）とみる見解もある。</font><br /><font color="#0000ff">　それは就業者の絶対数が増える傾向が沖縄に顕著なためだ。バブル経済崩壊の９０年を起点に、直近のデータと比べれば、個人所得は１．４倍、小売販売額が１．２倍を超えている。</font><br /><font color="#0000ff">　このほか、平均年齢４０．５歳は最も若く、１５歳未満の人口割合の多さや、女性の平均寿命の長さも日本一だ。</font><br /><font color="#0000ff">　人口千人あたりの出生率は、１２．２あり、全国で唯一、２けた台に乗っている。</font><br /><font color="#0000ff">　こんな元気な沖縄でいま、環境に優しいエネルギーの試みが注目されている。</font><br /><font color="#0000ff">　そのひとつが、県レンタカー協会などによる「ＥＶ（電気自動車）普及プロジェクト」だ。</font><br /><font color="#0000ff">　昨年２月、約２００台のＥＶをレンタカーに導入した。県別では全国トップの多さだ。充電設備会社も設立して、沖縄本島全域に２７基の高速充電施設を備えた。</font><br /><font color="#0000ff">　沖縄本島は南北１２０キロある。１回の充電での走行距離が１６０キロ程度のＥＶの普及実験場としては最適な規模なのだ。１０年目には県内のレンタカーの約１割に当たる２５００台のＥＶ化をめざすという。</font><br /><font color="#0000ff">　実績を重ねて、将来は海外の島しょ国に沖縄発のＥＶ普及戦略を広げていくのが県レンタカー協会の描く構想だ。</font><br /><font color="#0000ff">　県や市町村も公共施設に充電施設を整えたり、ＥＶを公用車にしたりして、構想に協力したらどうだろう。</font><br /><font color="#0000ff">　沖縄電力は全国１０電力会社でただひとつ、原子力発電所を持っていない。そんな事情もいまでは、環境先進地をめざす推進力になる。</font><br /><font color="#0000ff">　環境先進地への挑戦を「脱基地経済」への足がかりにすることを期待する。◆◆</font><div><font color="#0000ff"><br /></font></div><div><font color="#0000ff">　</font>まず1本目ですが、これは中央紙としてはかなり努力していると評価していいと思います。さすがに次号紹介予定の琉球新報社説と並べると見劣りしますけど、それでもとにかく沖縄のことを勉強し直して、それを伝えようという姿勢ははっきりとあります。</div><div>　一方の2本目ですが、これは少々強引な感じ。それでも他紙が「経済」の一言で片付けていることに社説1本割いていることは評価していいでしょう。</div><div>　というわけで、朝日クンは及第点です。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　お次は読売クン。こちらはかなりトーンが異なります。</div><div><br /></div><a name="more"></a><div><span class="Apple-style-span" style="color: #0000ff">◆◆沖縄復帰４０年　経済と安保を両立させたい</span></div><font color="#0000ff">　沖縄県はきょう、本土復帰４０周年を迎える。<br />　宜野湾市で、野田首相ら三権の長や仲井真弘多知事などが出席して記念式典が行われる。<br />　日本全体の米軍施設用地の７４％が集中する過重な負担が続く中、政府はいかに経済振興と安全保障を両立させるかが問われる。<br />　政府は先週、今後１０年間の第５次沖縄振興計画の基本方針を決定した。那覇空港の第２滑走路整備による国際物流拠点化が柱で、沖縄の自立的な経済発展を目指す内容だ。この方針に基づき、沖縄県がきょう振興計画を決定する。<br />　計画の策定主体を政府から沖縄県に変更したのは、妥当である。アジアに近接する地理的特性や国際性を生かした計画を着実に実行に移してもらいたい。<br />　過去の振興計画は「本土との格差是正」を掲げてきたが、県民１人当たりの所得は全国平均の７割前後にとどまる。製造業が育たず、県内総生産に占める割合は４０年前の１１％から４％に低下した。<br />　基地、公共事業、観光に頼る「３Ｋ経済」の構造が続き、政府予算への依存度も高い。<br />　民主党政権は、米軍普天間飛行場移設問題を迷走させた負い目もあり、今年度の沖縄振興予算を２９３７億円へ大幅に増やした。<br />　これを有効に使うためには、沖縄県と各市町村が、中長期的展望に立った振興策を企画し、自助努力を続けることが大切だ。<br />　自由度の高い一括交付金を活用し、社会資本や箱物の整備などハード中心だった予算の使途を、環境、福祉などソフト重視に見直すことも求められよう。<br />　最近は、中国の軍艦や政府船による尖閣諸島周辺などでの活動が恒常化している。中国海空軍の急速な増強と近代化を踏まえれば、今後、沖縄の安全保障面の地政学的重要性は一層大きくなる。<br />　政府は、この現実を直視し、自衛隊と米軍の防衛協力を基盤とする日米同盟の抑止力と実効性を堅持しなければならない。<br />　同時に、在沖縄海兵隊の海外移転に伴う米軍施設の返還や日米地位協定の運用改善など、地元負担の軽減に全力を挙げる必要がある。普天間飛行場の辺野古移設にも粘り強く取り組むべきだ。<br />　重要なのは、米軍施設跡地の有効利用を図ることだ。<br />　政府は、キャンプ瑞慶覧の住宅地区に最先端のがん治療施設を整備することを検討している。こうした事業を通じて、在日米軍再編への地元の理解を地道に広げることが欠かせない。◆◆<br /></font><br /><div>　読売クンはときどき実にいいタイトルを付けるのですけど、今回のも相当に素晴らしいタイトルです。もうタイトルだけで本文がいらないくらい。</div><div>　「経済と安保を両立」。</div><div>　すごいですねえ。だって、経済と安保の相反(だけ)が沖縄返還40周年の主題だと言っちゃってるんですから。いや、実におめでたい。</div><div>　ここには、米軍基地があることの危険という視点は、微塵もありません。</div><div>　あのね、地元の人々にとっては、いつウチの娘を強姦するかもしれん米兵や、大学のキャンパスに落っこってくる米軍ヘリこそが「安全保障」して欲しい相手なのですよ。</div><div>　国はカネを出している。それをもっと有効に使え。沖縄の米軍基地は必要だ。辺野古移設は断固やれ。読売クンの社説を要約すると、まあこれだけ。</div><div>　沖縄問題をカネと基地だけの問題だとあっさり片付けてしまえるような感覚こそが「沖縄差別」と非難されているのですよ。</div><div>　読売クン、東京目線丸出し。やっぱ東京読売巨人軍の親会社ってことですかね。同じ本土の人間として恥ずかしいです。</div><div>　というわけで、これは評価できません。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　3紙目は毎日クン。タイトルに「差別」の文言が使われているのが目を引きます。<div><div><font color="#0000ff">◆◆沖縄本土復帰４０年　「差別」の声に向き合う<br />　戦後、長年にわたり米国の統治下にあった沖縄の施政権が日本に返還されて、１５日で４０年を迎えた。<br />　政府と沖縄県は共催で記念式典を開く。会場は、移設が難航する米軍普天間飛行場から約１キロ。政府と沖縄の間に横たわる基地問題の最大の懸案を眼前にしての催しとなる。<br />　式典には野田佳彦首相が出席し式辞を述べる。しかし、政府に向ける沖縄の視線は厳しさを増している。<br />　仲井真弘多沖縄県知事が、過重な米軍基地の負担を「差別」と表現したのは２年前だった。そして、今、同じ意識が県民に広がっている。本土復帰から節目となる年に、その言葉の重みを改めてかみしめたい。<br />　◇変わらぬ基地集中<br />　沖縄は、「本土による差別」を、過去４回経験したといわれる。<br />　１８７２年の琉球王国強制廃止・琉球藩設置に始まり、７年後の沖縄県設置で琉球を近代日本に組み入れた「琉球処分」</font><span class="Apple-style-span" style="color: #0000ff">、本土決戦に向けた「時間稼ぎ」作戦で住民９万４０００人を含む１８万８０００人が犠牲となった１９４５年の地上戦、沖縄などを本土から切り離し、米国統治下に置くことを認めた５２年のサンフランシスコ講和条約発効。そして、７２年の施政権返還・本土復帰である。</span></div><div><font color="#0000ff">　本土復帰は、他の３件と違って、米国統治下の沖縄の悲願だった。それが「差別」とされる理由は、復帰後も続く過重な基地負担にある。<br />「核抜き・本土並み」の返還。当時の佐藤栄作首相はこう公約し、学者を密使として派遣するなど政治主導で米側と交渉を重ねた。領土返還という最も難しい外交課題を、粘り強い交渉によって成し遂げたことは正当に評価されるべきだろう。<br />　しかし、返還後の現実は、沖縄が願っていた姿とはほど遠かった。<br />　本土と同じく、米軍への基地提供を定めた日米安保条約を沖縄に適用する－－これが、政府にとっての「本土並み」の意味だった。<br />　返還後、本土の米軍基地削減と表裏をなして、沖縄の基地の比重が高まった。今、国土面積比０．６％の沖縄に、全国の米軍基地施設面積の７４％が集中する。沖縄本島の１８．４％を米軍基地が占めている。復帰前と変わらず、住民は、米軍機墜落の危険、騒音などの生活被害に耐えることを強いられた。米兵による事件・事故が繰り返され、その対応には日米地位協定が立ちはだかった。<br />　沖縄が期待した基地のない「本土並み」の暮らしと現実の落差は、あまりに大きかった。<br />　「核抜き」はどうだろう。沖縄に配備されていた戦術核ミサイルは撤去されたが、返還後の沖縄には、核再持ち込みの「密約」疑惑がつきまとった。一連の密約問題を検証した外務省の有識者委員会は一昨年、核再持ち込みについて「必ずしも密約とは言えない」としたが、佐藤首相とニクソン米大統領が署名した、再持ち込みに関する極秘扱いの文書の存在は否定しようがない。委員会の結論には強い違和感が残る。<br />　また、返還の見返りに、本来、米国が支払うべき土地の復元費用を日本政府が肩代わりする約束をしていたことも明らかになった。こちらは有識者委員会も密約と認定した。<br />　これら「沖縄密約」は、国民と沖縄を裏切る外交史の暗部である。<br />　◇本土も負担の覚悟を<br />　毎日新聞と琉球新報の共同世論調査では、沖縄への米軍基地集中について沖縄の６９％が「不平等だ」と回答、全国では３３％だった。普天間移設は、「県外」「国外」「撤去」の合計が沖縄８９％、全国６３％だった。<br />　本土も沖縄も安全保障上の利益を等しく享受しながら沖縄に基地が集中していることに、県民は強い不満を抱いている。数字は、本土と沖縄の意識の隔たりも示している。<br />　厳しさを増す東アジアの安全保障環境を考えれば、在日米軍をただちに大幅削減することは難しい。選択肢は限られている。解決には、本土が負担を引き受ける以外にない。<br />　日米両政府は、在沖縄米海兵隊のグアム移転を普天間移設から切り離し、米空軍嘉手納基地以南の５施設・区域を先行返還することで合意した。実現すれば沖縄の負担軽減と経済振興に結びつく。早急に返還時期を確定し、着実に実施すべきだ。さらに、他の米軍施設についても返還の可能性を探るよう求めたい。<br />　同時に必要なのが、沖縄の基地や訓練場の本土移転である。本土側が沖縄の意識を共有することが第一歩であり、政府の努力が不可欠だ。<br /><br />　米議会の有力議員が主張する普天間を嘉手納基地に統合する案は、現在の嘉手納基地機能の一部移転が前提になる。それなしには沖縄の理解は得られない。移転先は本土が想定される。また、普天間移設実現まで普天間の機能を分散移転する場合も本土の協力が欠かせない。<br />　沖縄の地理的条件から本土への移転は抑止力低下になるとの見方があるが、装備品の近代化・技術革新で米兵力の即時対応能力は向上している。米軍に代わって自衛隊が役割を分担することも一つの方策だろう。<br />　沖縄で米軍基地拒否がうねりになれば、基地の円滑な運営、安全保障政策の効果的推進は不可能となる。<br />　政府も、本土も、沖縄の「叫び」に正面から向き合うべきである。◆◆<br /></font><br /></div><div>　毎日クンのトーンは朝日クンと似ています。主眼は沖縄の不当に重い負担。毎日クンはテーマをそこに絞って攻めて来ました。しかも2本分の長さです。</div><div>　この絞り込みはちょっと危険なギャンブルです。というのは、「そんなこと言ったって安保とか経済とかどーすんのさ？」という反論が当然予想されるからです。</div><div>　毎日クンは恐らく、沖縄差別とまで言われる現状をまず本土側がしっかり理解することがすべてに優先すると判断したのでしょう。このギャンブルに勝つには、安保とか経済とかを気楽に口に出来ないような強力な説得力が必要です。2本分の分量を用いたのはそのためでしょう。</div><div>　こちらも朝日クン同様、琉球新報には到底かないませんが、意欲は理解できます。評価していいんじゃないですかね。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　4番手は日経クン。珍しく3大紙と同じ5月15日の社説展開です。<br /><font color="#0000ff">◆◆復帰40年の沖縄は自立へ向かえるか <br />　沖縄が日本に復帰して40年を迎えた。ハイビスカスやデイゴが咲く亜熱帯の気候、赤瓦の街並み、ゴーヤチャンプルー、ドミファソシ５音階の琉球民謡。本土と異なる文化・習俗は私たちの日常風景にすっかり溶け込んだ。<br />　復帰時に95万人だった県民人口は昨年、140万人を超えた。出生率は全国一。近年は本土から毎年２万人前後が移り住む。毎年500万人超の観光客が訪れ、中国などから来る外国人も昨年度は30万人を突破した。<br />　もちろん40年前に掲げた「本土並み」という目標にはまだ遠い。１人あたり県民所得はようやく高知県や宮崎県に追いつくところまで来たが、これまでに投入した10兆円超の振興予算に見合った成果とはとても言い難い。<br />　建設業が主力のいびつな経済構造はなかなか改善されない。本土ではもはや考えられない公共事業の大盤振る舞いが続くのはなぜか。国は表向きは関連を否定するが、米軍基地を負担することへの見返りなのは明らかだ。<br />　米軍がじかにかかわる「基地経済」は40年間で半減した。しかし広い意味での基地依存はむしろ深まっているとみることもできる。<br />　どうすれば沖縄経済は自立できるのか。政府は使途を県が判断する一括交付金を創設した。次期振興計画の主体も国から県に移す。<br />　計画には国際物流拠点の整備や企業のデータセンターの誘致などの構想が並ぶ。政府には今度こそ本腰で取り組んでほしい。<br />　沖縄側にも国任せにしない主体的な努力が求められる。稲嶺恵一前知事は「必要なのは釣った魚のお裾分けではなく、自力で獲物を捕れるようになるための釣りざおだ」と語る。<br />　中国の海洋進出などで尖閣をはじめ琉球列島の戦略的な価値は一段と高まりつつある。安易に米軍基地を減らせば沖縄県ひいては日本の安全保障を損ないかねない。<br />　日米同盟の安定には暗礁に乗り上げた普天間基地の移設問題の解決も重要だ。<br />　とはいえ在日米軍の施設の多くが沖縄に集中する現状を放置してよいわけではない。<br />　40年前の復帰記念式典。当時の屋良朝苗知事に笑顔はなかった。「復帰の内容を見ますと、私どもの切なる願望がいれられたとはいえない」と嘆いた。この苦渋の声に日本全体がもう一度耳を傾けるときだ。◆◆</font><br /></div></div><div><font color="#0000ff"><br /></font></div><div>　実にムカつく文面ですね。私としては、これが一番気に入りません。</div><div>　まず、冒頭の「ハイビスカスや・・・」からして好かんです。</div><div>　実は今日、たまたま某中央民放局が、私の在住県についてちょっとした特集をやったのですよ。何でもわが県は平均寿命が長いらしく、その秘密はどこにあるのか、と。</div><div>　で、出てきたのが実にくだらない。食と祭りと温泉。これだけ。</div><div>　1970年代に「素晴らしい世界旅行」という人気番組がありました。まだ海外旅行など高嶺の花だったころ、南米やアフリカの未開の土地の様子を取材していました。</div><div>　最近わかってきたんですけど、東京およびその周辺の人々にとって、「地方」というのはそういう存在なんじゃないかと。つまり、中央(＝東京)の文化による開発がいまだ行き届いていない「未開」の地の珍しさに価値があると。</div><div>　ゆえに、東京的価値観の人が「え〜!?」と(主に女子アナの声で)驚嘆の声を上げるようなものこそが価値がある。すんなり理解できるようなことだとつまらないから取り上げない。</div><div>　わが県の人間だって、沖縄の人間だって、東京人と同じようなモノも食って、同じような仕事もしているんですけどね。それは異文化ネタとしてゼニにならないからスルー。</div><div>　もうね、この日経クンの社説には「異物としての沖縄」という差別意識が徹頭徹尾あるのですよ。</div><div>　異物だから、異質な状況＝米軍基地の偏在も「とはいえ・・・放置してよいわけではない」という程度のお話にしかならんのですな。</div><div>　日経クンのクールなスタンスは、政治的に面倒な問題に対しては結構面白い視点を示してくれることが多いのですけど、今回は完全に東京目線のダメ社説です。</div><div>　5月15日時点では(sshとしてはたぶん初めて)日経クンに最低の評価をしたいと思います。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　この話題はこれでおしまいのつもりだったのですが、産経クンが1日遅れの5月16日に社説展開してきました。ある意味期待通りの産経クンの社説は、圧倒的説得力の琉球新報社説とともに、次号で扱います。</div><div><br /></div></div>
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<item rdf:about="http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-04-16">
<title>ssh523　定型句・定型表現〜小論キーワード</title>
<link>http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-04-16</link>
<description>　今回の小論キーワードは「定型句」「定型表現」。　この言葉、手元の辞書の見出し語にはありません。あるのは「定型」と「定型詩」だけ。　定型・・・一定のかた。決まったかた。　定型詩というのは、短歌や俳句や漢詩の絶句みたいな、決まった型を持った詩のことです。　文字通りには、定型句とは決まった形のフレーズ。定型表現とは決まった型の表現ということです。　定型句・定型表現は、私たちの生活に必要不可欠なものです。　手紙であれば、「拝啓」で始めて「陽春の候」とか時候のあいさつをして、「ますますご清栄のこととお慶び申し上げます」とか書いてから、「さて、・・・」と本題に入る。　結婚式の祝辞なら「本日はお日柄もよろしく」と、別に日頃気にもしていない六曜を引き合いに出してから本題に入る。スピーチなら「ご指名でありますので・・・」とか始める。　これらの定型句は、本題に入る前にお互いの共感を確認する重要な機能を持っています。人間、いきなり本題に入られたのでは面食らうものです。まずは型にはまった表現で始めると、本題にもスムーズに入れる。　そんな定型句・定型表現が、なぜ小論キーワードなのか？　実は、定型句や定型表現を多用するのは、小論の世界では批判の対象なのです。</description>
<dc:subject>小論キーワード</dc:subject>
<dc:creator>shira</dc:creator>
<dc:date>2012-05-13T01:07:02+09:00</dc:date>
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　今回の小論キーワードは「定型句」「定型表現」。<div>　この言葉、手元の辞書の見出し語にはありません。あるのは「定型」と「定型詩」だけ。</div><div><br /></div><div>　<font color="#0000ff">定型・・・一定のかた。決まったかた。</font></div><div><font color="#0000ff">　</font>定型詩というのは、短歌や俳句や漢詩の絶句みたいな、決まった型を持った詩のことです。</div><div><br /></div><div>　文字通りには、<strong>定型句とは決まった形のフレーズ。定型表現とは決まった型の表現ということです。</strong></div><div><br /></div><div>　定型句・定型表現は、私たちの生活に必要不可欠なものです。</div><div>　手紙であれば、「拝啓」で始めて「陽春の候」とか時候のあいさつをして、「ますますご清栄のこととお慶び申し上げます」とか書いてから、「さて、・・・」と本題に入る。</div><div>　結婚式の祝辞なら「本日はお日柄もよろしく」と、別に日頃気にもしていない六曜を引き合いに出してから本題に入る。スピーチなら「ご指名でありますので・・・」とか始める。</div><div>　これらの定型句は、本題に入る前にお互いの共感を確認する重要な機能を持っています。人間、いきなり本題に入られたのでは面食らうものです。まずは型にはまった表現で始めると、本題にもスムーズに入れる。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　そんな定型句・定型表現が、なぜ小論キーワードなのか？</div><div>　実は、<strong>定型句や定型表現を多用するのは、小論の世界では批判の対象</strong>なのです。</div><div><br /></div><div><br /></div><a name="more"></a><div>　時候の挨拶に、私たちは特別な意味内容は期待していません。というか、意味を込められると困る。意味がないからこそ、本題に入る前の露払いになる。</div><div>　ひどい言い方をすると、<strong>時候の挨拶は情報としては無価値</strong>です。何の情報も込められていません。</div><div>　</div><div>　これが定型句・定型表現のありがたさと同時に怖さ。</div><div>　耳当りもいいし、他社の共感も得やすい。気楽に使える、いい表現です。</div><div>　しかし、その意味内容はほぼ伝わらない。</div><div>　「暦オタクのオレの長年の研究からしても、今日くらい縁起のいい日はまずない！」と思っている人が</div><div>　「本日はお日柄もよろしく」と言ったら、その熱い想いは全然伝わらない。</div><div>　定型句はものを伝える力がいたって非力です。</div><div>　本当に伝えたいことがあるのなら、定型表現ではない、自分独自の表現を探さないといけない。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　さて。</div>　定型句・定型表現がもっともよく使われるメディアはTVです。<div>　もちろんTVは「本日はお日柄もよろしく」とは言いません。</div><div>　が、TVにはTVの定型表現があります。</div><div>　TVの定型表現は、修飾語句と「まとめ」に頻出します。</div><div>　これはバラエティでも情報番組でもドキュメンタリーでもニュースでも、何でも出てきます。</div><div>　例を挙げると(斜体が定型表現)、</div><div><ul><li><em>秘蔵</em>映像、<em>蔵出し</em>映像、<em>お宝</em>映像・・・単なる過去のビデオのこと</li><li><em>◯◯の時代</em>・・・◯◯には「地方」「国際化」「高齢化」「若者」「女性」「男」「英語」「国語」「環境」「復興」など、何を入れても構わない。正反対の言葉を入れても構わない。何を入れても特別な意味は持たない。「今は環境の時代だ。」「福祉の時代と言われていますが」等々、どれも時候の挨拶程度の機能しかない。なお「トレンド」とか「これからは◯◯だ」とかいうのも同じ。</li><li><em>衝撃の事実</em>・・・この言い方が流行し始めて以来、「驚くべき事実」とか「予想を覆す事実」とかいった言い方すら使われなくなった。で、たいていその事実は、女子アナが「え〜！」とか騒いではみせるけれど、大して衝撃的ではない。</li><li><em>福島第一原子力発電所の事故を受けて</em>・・・これはもう完全に時候の挨拶と同じレベル。2011年3月11日以降のエネルギー・放射能関係のニュースはすべてこれで始まる。事故を「受ける」って、どういう行為を指すのですかね。</li></ul><div>　小論文のテーマは社会問題が多いのですが、そういうものを高校生にいきなり書かせると、かなりの生徒が定型句・定型表現を並べただけの、まるで内容の無いものを書いてきます。</div></div><div>　で、一つ一つの定型表現にツッコミを入れると、全然答えられない。</div><div>　環境問題に関する小論で「これからは共生の時代である」とか書いてきた生徒であれば、「共生の時代って、どういう時代なのかな？今とどう違うの？」と軽〜くツッコミを入れると、もうしどろもどろ。</div><div><br /></div><div>　ま、無理もないです。</div><div>　小論初心者は、とにかく耳障りのいい言葉を並べればあまり減点されないだろうくらいに考えています。そこをぶち壊して、真剣に自問自答するようにしむけるのは指導する側の仕事です。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　<strong>定型句・定型表現の怖いのは、自分では何も考えていないのに、それらを並べると何となく答えになっているように錯覚してしまうこと</strong>です。</div><div>　「あなたの考えを述べなさい」と問われているのに、実は何も考えることなく400字なり800字なりが埋まってしまっている。あな恐ろしや、定型句・定型表現。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　私は300名以上の生徒の小論文を1週間くらいで評価することがあるのですが、定型句の多い文章は真っ先に「ダメだな」と判定します。</div><div>　逆に、たどたどしい表現で書かれている時は「ん？」と思います。</div><div>　人間、本当に自分の頭で考えて、自分なりに出した答えを書こうとすると、定型句・定型表現はまず使いません。一生懸命言葉を探すから、誰もが使う言葉は使わない。</div><div>　ただ、高校生はそういう経験が少ない。不慣れゆえ、表現はたどたどしくなりがち。</div><div>　でもね。そういうものの方が、断然訴える力は強いのです。</div><div>　キツい言い方をすると、<strong>定型句・定型表現は、自ら考えることから逃げる人間のための反則道具</strong>です。</div>
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<item rdf:about="http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-05-09">
<title>ssh522　都民のゼニをお友達にあげるのが石原流</title>
<link>http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-05-09</link>
<description>　尖閣諸島を東京都が買い取るという例のアレ、一部では割と盛り上がっているようです。　ssh521にも、都への寄付金が数千万単位で集まっているという記事がトラックバックで付いておりました。どなたが付けて下さったのか。　それにしても、珍妙なお話ですな。　そもそも日本政府の公式見解は「尖閣諸島は日本固有の領土である」というもの。領土「問題」など存在しないという立場です。　その日本固有の領土を、ある日本人が地権者として所有している。　極めて当たり前の状態じゃないですか。　地権者がテロリストか外国人か何かだったら心配もありますが、そうじゃなければ何の問題もありません。　これを中国がどーたらこーたらなのでわざわざ公金で買い取って公の所有物にするってんですけど、そりゃ「今の状態が問題あり」と認めることになるじゃありませんか。　石原は、領土「問題」があると認めちゃっているのですよ。アホですな。かえってつけ込まれる機会を与えちゃって。　ま、それは私にとってどうでもいい問題。彼の知性の低さなんて「当たり前」過ぎて関心ありません。　私が気になったのは、その地権者とやらの素性。　万が一、このアホなプランが実現したとして(して欲しくないけど)、都民の血税および寄付された浄財を受け取るのは、一体どこのどんな人物なのか。　ニュースを見る限り、さすがに個人情報は秘密。　ただ、石原は「知己」と述べているようです。　◆◆知己(ちき)　１　自分のことをよく理解してくれている人。親友。　２　知り合い。知人。◆◆　なあんだ。お友達じゃん。　つまり、都民の税金と皆様方からの寄付金を、お友達にガッポリ差し上げようという企画なんですな。アホくさ。　知己だったら、他人のゼニを動かす前に「君も日本人なら尖閣の地権を国か石垣市に譲渡したまえ」と言ってやりゃあいいじゃん。真の愛国心と友情の前にはゼニなんかくだらない問題でしょうに。　石原人でなしは、前回の失敗に懲りもせず、またまた勝つ見込みの薄いオリンピック招致を始めました。　私はバカ丸出しだと思うのですけど、意外に国内では前向きな意見が流れている。　ま、あれも、同じことでしょう。　オリンピック招致の予算の大半はPR活動に充てられます。その仕事を請け負うのは、電通とか博報堂とかの巨大広告界者であり、フジや日テレなどの中央民放TV局であり、朝日や読売などの中央紙であり、JOCでありその他もろもろである。　招致活動が始まる..</description>
<dc:subject>一般</dc:subject>
<dc:creator>shira</dc:creator>
<dc:date>2012-05-09T23:43:39+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
　尖閣諸島を東京都が買い取るという例のアレ、一部では割と盛り上がっているようです。<div>　<a href="http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-05-01">ssh521</a>にも、都への寄付金が数千万単位で集まっているという記事がトラックバックで付いておりました。どなたが付けて下さったのか。</div><div><br /></div><div>　それにしても、珍妙なお話ですな。</div><div>　そもそも日本政府の公式見解は「尖閣諸島は日本固有の領土である」というもの。領土「問題」など存在しないという立場です。</div><div>　その日本固有の領土を、ある日本人が地権者として所有している。</div><div>　極めて当たり前の状態じゃないですか。</div><div>　地権者がテロリストか外国人か何かだったら心配もありますが、そうじゃなければ何の問題もありません。</div><div>　これを中国がどーたらこーたらなのでわざわざ公金で買い取って公の所有物にするってんですけど、そりゃ「今の状態が問題あり」と認めることになるじゃありませんか。</div><div><br /></div><div>　石原は、<strong>領土「問題」があると認めちゃっている</strong>のですよ。アホですな。かえってつけ込まれる機会を与えちゃって。</div><div>　ま、それは私にとってどうでもいい問題。彼の知性の低さなんて「当たり前」過ぎて関心ありません。</div><div><br /></div><div>　私が気になったのは、その地権者とやらの素性。</div><div>　万が一、このアホなプランが実現したとして(して欲しくないけど)、都民の血税および寄付された浄財を受け取るのは、一体どこのどんな人物なのか。</div><div>　ニュースを見る限り、さすがに個人情報は秘密。</div><div>　ただ、石原は「知己」と述べているようです。</div><div><br /></div><div><font color="#0000ff">　◆◆知己(ちき)</font></div><div><font color="#0000ff">　１　自分のことをよく理解してくれている人。親友。</font></div><div><font color="#0000ff">　２　知り合い。知人。◆◆</font></div><div><br /></div><div>　<strong>なあんだ。お友達じゃん。</strong></div><div>　つまり、<strong>都民の税金と皆様方からの寄付金を、お友達にガッポリ差し上げようという企画</strong>なんですな。アホくさ。</div><div>　知己だったら、他人のゼニを動かす前に「君も日本人なら尖閣の地権を国か石垣市に譲渡したまえ」と言ってやりゃあいいじゃん。真の愛国心と友情の前にはゼニなんかくだらない問題でしょうに。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　石原人でなしは、前回の失敗に懲りもせず、またまた勝つ見込みの薄いオリンピック招致を始めました。</div><div>　私はバカ丸出しだと思うのですけど、意外に国内では前向きな意見が流れている。</div><div>　ま、あれも、同じことでしょう。</div><div>　オリンピック招致の予算の大半はPR活動に充てられます。その仕事を請け負うのは、電通とか博報堂とかの巨大広告界者であり、フジや日テレなどの中央民放TV局であり、朝日や読売などの中央紙であり、JOCでありその他もろもろである。</div><div>　<strong>招致活動が始まると、ゼニと仕事が貰えるのですよ</strong>。</div><div>　<strong>ただし、その恩恵に預かれるのは、お友達ばかり</strong>。東京に住んでいる一般庶民には恩恵なし。</div><div><br /></div><div>　都民のゼニをお友達にあげるのが石原流なんですな。</div><div>　それゆえ、暴言や暴走にハラハラしながらも、ゼニをいただけるうちはお友達からの絶大な支持を得ると。</div><div>　まことにもって、<a href="http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2011-07-05">石原慎太郎は原子炉(ssh455)</a>であります。</div><div><br /></div><div>　</div><div><br /></div><a name="more"></a>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-05-05">
<title>放課後74</title>
<link>http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-05-05</link>
<description>　黄金週間でこどもの日ということで、家族でちょいとお出かけをしてきました。行き先はとある高原。さすが高原は冷涼で、この時期にようやく桜が満開でした。　写真はその近くの滝。なかなかダイナミックな景色でありました。　長男(高3)が高校を卒業したら、家族でお出かけなんてのもしにくくなるんでしょうかね。別に淋しくもないですが。</description>
<dc:subject>ガラクタ箱</dc:subject>
<dc:creator>shira</dc:creator>
<dc:date>2012-05-05T22:36:08+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<img src="http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_417/sshshouron/DSCF1098b.jpg" border="0" alt="DSCF1098b.jpg" width="640" height="464" /><div><br /></div><div>　黄金週間でこどもの日ということで、家族でちょいとお出かけをしてきました。行き先はとある高原。さすが高原は冷涼で、この時期にようやく桜が満開でした。</div><div>　写真はその近くの滝。なかなかダイナミックな景色でありました。</div><div>　長男(高3)が高校を卒業したら、家族でお出かけなんてのもしにくくなるんでしょうかね。別に淋しくもないですが。</div><a name="more"></a>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-05-01">
<title>ssh521　都知事は暴力装置でもある、らしい</title>
<link>http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-05-01</link>
<description>◆◆慎太郎知事「みんなの前で殴る」朝日新聞記者に“鉄拳制裁”予告　東京都の石原慎太郎知事（７９）が２４日、朝日新聞記者に「みんなの前で殴るからな」と鉄拳制裁を予告した。逆鱗（げきりん）に触れたとみられるのは、２３日付の朝日新聞夕刊の石原都政を総括した記事。この日、原作や脚本などを担当し、自らも４７年ぶりの映画出演となる「青木ヶ原」（来春公開予定）のロケのため、静岡県富士宮市を訪れた石原氏は、取材中の朝日新聞の男性記者に「おい、おまえ、朝日か。この野郎は意地悪いんだよ」などと激怒した。　「みんなの前で殴るからな」―。石原氏が朝日新聞の記事について激怒し、取材していた朝日新聞記者を威圧した。　怒りの発端となったとみられるのは、２３日付の朝日新聞夕刊の記事で、見出しは「石原知事　都政飽きた？」。内容は石原氏が取り組んできた執筆活動や尖閣諸島問題、石原新党などを知事周辺の声などを交えながら、４期１年目を総括したもの。都政への関心が薄れているという周囲の見方を伝え、「もともとわがままだけど、さらにわがままになっている」と冷ややかな声も報じている。　石原氏はこの日、映画「青木ヶ原」のロケを静岡県富士宮市のゴルフ場で行った。「６時半に起きたのは、小学校以来だよ」と“早起き”ぶりをアピールし、ゴルフウエアで決め、撮影も順調に終えた。だが、その後の取材で怒りが爆発。朝日新聞記者の質問を遮ると、顔を紅潮させまくしたてた。　記者をにらみつけ、「イエローカード２枚、３枚になったら、殴るからな」「覚えておけ、俺、本当にやるからな」と鉄拳制裁を予告。「いい加減なこと書くなよ、本当に。俺は怒るよ。書かれっぱなしでこっちは、被害者で甘んじるわけはないからね。結局、相手を殴るしかないんだから」と激怒した。「ウソばっかり。くだらない」などと約２分間怒っていたが、最後は冷静さを取り戻し、「それしかないんだもん、抵抗の仕方は。新聞出してるわけじゃないんだから」と苦笑しながら語った。　石原氏はこれまで報道について「批判はいい。ただ、侮辱はするなよ」との姿勢。朝日新聞の記事は、石原氏に「侮辱」と映ったようだ。(スポーツ報知　2012.4.25)◆◆　彼が人でなしで姑息なジジイであることはすでにイモたれ、じゃなくて胃もたれするくらい指摘してきましたけど、そのうえ暴力装置でもあったんですか。キレやすい団塊世代のアイドルとして、あまりに象徴的な発言で。　現場を見..</description>
<dc:subject>一般</dc:subject>
<dc:creator>shira</dc:creator>
<dc:date>2012-05-01T23:31:59+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<font color="#0000ff">◆◆慎太郎知事「みんなの前で殴る」朝日新聞記者に“鉄拳制裁”予告<br />　東京都の石原慎太郎知事（７９）が２４日、朝日新聞記者に「みんなの前で殴るからな」と鉄拳制裁を予告した。逆鱗（げきりん）に触れたとみられるのは、２３日付の朝日新聞夕刊の石原都政を総括した記事。この日、原作や脚本などを担当し、自らも４７年ぶりの映画出演となる「青木ヶ原」（来春公開予定）のロケのため、静岡県富士宮市を訪れた石原氏は、取材中の朝日新聞の男性記者に「おい、おまえ、朝日か。この野郎は意地悪いんだよ」などと激怒した。<br />　「みんなの前で殴るからな」―。石原氏が朝日新聞の記事について激怒し、取材していた朝日新聞記者を威圧した。<br />　怒りの発端となったとみられるのは、２３日付の朝日新聞夕刊の記事で、見出しは「石原知事　都政飽きた？」。内容は石原氏が取り組んできた執筆活動や尖閣諸島問題、石原新党などを知事周辺の声などを交えながら、４期１年目を総括したもの。都政への関心が薄れているという周囲の見方を伝え、「もともとわがままだけど、さらにわがままになっている」と冷ややかな声も報じている。<br />　石原氏はこの日、映画「青木ヶ原」のロケを静岡県富士宮市のゴルフ場で行った。「６時半に起きたのは、小学校以来だよ」と“早起き”ぶりをアピールし、ゴルフウエアで決め、撮影も順調に終えた。だが、その後の取材で怒りが爆発。朝日新聞記者の質問を遮ると、顔を紅潮させまくしたてた。<br />　記者をにらみつけ、「イエローカード２枚、３枚になったら、殴るからな」「覚えておけ、俺、本当にやるからな」と鉄拳制裁を予告。「いい加減なこと書くなよ、本当に。俺は怒るよ。書かれっぱなしでこっちは、被害者で甘んじるわけはないからね。結局、相手を殴るしかないんだから」と激怒した。「ウソばっかり。くだらない」などと約２分間怒っていたが、最後は冷静さを取り戻し、「それしかないんだもん、抵抗の仕方は。新聞出してるわけじゃないんだから」と苦笑しながら語った。<br />　石原氏はこれまで報道について「批判はいい。ただ、侮辱はするなよ」との姿勢。朝日新聞の記事は、石原氏に「侮辱」と映ったようだ。(スポーツ報知　2012.4.25)◆◆</font><br /><div><font color="#0000ff"><br /></font></div><div><font color="#0000ff"><br /></font></div><div>　彼が人でなしで姑息なジジイであることはすでにイモたれ、じゃなくて胃もたれするくらい指摘してきましたけど、そのうえ暴力装置でもあったんですか。キレやすい団塊世代のアイドルとして、あまりに象徴的な発言で。</div><div>　現場を見てないから推測しかできないけど、この記事を書いた人、ただ黙って話を聞いてたんですかね。だったら今すぐ記者をやめるべきでしょう。もし自分がただゼニのためだけに働くサラリーマン以上のお仕事をしているという自負があるならの話ですが。(頭の悪い人の可能性もあるので一応教えてあげときますが、こういう暴言を聞いたら「次の矛先は自分かもしれない」と思わねばならんのですよ。)</div><div>　推測ついでの推測をすると、朝日の記者もつまんねえなあ。ここは「今のは都知事としての公式発言ですか。検証記事を書きますよ。」とか「都庁内でも今のような発言を部下にしているのですか。」とか、冷静にしつこく対応しきゃ。ビビってる場合じゃないでしょ。もし石原がホントにブチ切れてぶん殴ったら、それで首をとれたはずで大手柄だったはずですぜ。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　え、ひどい言い草だ？</div><div>　そういう方は、まずはこちらをお読み下さい。　<a href="http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2011-03-14">ssh434石原慎太郎は人間のクズだ</a></div><div>　私はあの人でなしに対してだけは、罵詈讒謗を遠慮しません。これでも彼の暴言よりは温和なはずです。</div><a name="more"></a>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-04-28">
<title>ssh520　小中学校のせいにはしたくない</title>
<link>http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-04-28</link>
<description>　当たり前のことですけど、高校生は小学校教育と中学校教育を経て入学してきます。　で、これも当たり前ですけど、生徒の指導ってのは、なかなか思うように行きません。　そうすると、ついこう思っちゃうんですね。　「コイツ(ら)一体どういう教育受けてきてんだよ？」と。　私は高校の教員ですんで、非難の矛先は中学に向かっちゃう。　こんな基本的なことがわからない？中学で教わっただろ？え、教わってない？なんてね。　自分の指導に乗ってこない生徒がいると、どうしてもその原因を過去に求めたくなっちゃう。　でもね。　大学の先生方はきっと、同様のイライラを高校に感じているはずなんですよ。　何でこんなヤツを大学に送ってくるんだ、と。　一方、中学の先生は中学の先生で、小学校教育にいろいろと言いたい事があるはず。　その小学校の先生方は、幼児教育(幼稚園と保育園)に注文があるはずです。　で、教育を修了した学生を受け入れる側たる企業の場合、学校教育全体にものすごく注文したいことがある。　大きな企業は大手メディアを通じて言いたいことを大っぴらに吐き出すチャンスがありますから、そういう注文はかなり流れます。　幼児教育から企業までのすべてが口を揃えて非難の対象にできるのは親です。　ここ10年ばかり、やたらと親の教育力が叫ばれているのは、多分にそういうことのせいでしょう。　私はこういう非難がすごくキライなんです。　　</description>
<dc:subject>教育問題</dc:subject>
<dc:creator>shira</dc:creator>
<dc:date>2012-04-29T00:38:03+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
　当たり前のことですけど、高校生は小学校教育と中学校教育を経て入学してきます。<br />
　で、これも当たり前ですけど、生徒の指導ってのは、なかなか思うように行きません。<br />
　そうすると、ついこう思っちゃうんですね。<br />
　「コイツ(ら)一体どういう教育受けてきてんだよ？」と。<br />
<br />
　私は高校の教員ですんで、非難の矛先は中学に向かっちゃう。<br />
　こんな基本的なことがわからない？中学で教わっただろ？え、教わってない？なんてね。<br />
　自分の指導に乗ってこない生徒がいると、どうしてもその原因を過去に求めたくなっちゃう。<br />
<br />
　でもね。<br />
　大学の先生方はきっと、同様のイライラを高校に感じているはずなんですよ。<br />
　何でこんなヤツを大学に送ってくるんだ、と。<br />
<br />
　一方、中学の先生は中学の先生で、小学校教育にいろいろと言いたい事があるはず。<br />
　その小学校の先生方は、幼児教育(幼稚園と保育園)に注文があるはずです。<br />
<br />
　で、教育を修了した学生を受け入れる側たる企業の場合、学校教育全体にものすごく注文したいことがある。<br />
　大きな企業は大手メディアを通じて言いたいことを大っぴらに吐き出すチャンスがありますから、そういう注文はかなり流れます。<br />
<br />
　幼児教育から企業までのすべてが口を揃えて非難の対象にできるのは親です。<br />
　ここ10年ばかり、やたらと親の教育力が叫ばれているのは、多分にそういうことのせいでしょう。<br />
<br />
<br />
　私はこういう非難がすごくキライなんです。<br />
<br />
　<br />
<br />
　<br />
<a name="more"></a>　私もかつては「中学の英語教育に問題がある」とあからさまに口に出すような教員でした。<br />
　意識が変わったのは、自分の子どもが中学生になったとき。<br />
　中学の先生方は、本当に献身的に働いていました。私の子どもはそんな先生方の仕事を増やすタイプのダメ生徒だったのですけど、先生方は本当に丁寧に対応してくれました。<br />
　PTAやら何やらで中学に足を運んだり、いろいろと話を聞いたりしているうちに、私はこう思うようになりました。<br />
<br />
　「中学の先生方は忙し過ぎて生徒一人一人の学力ケアまで手が回らない。」<br />
<br />
　これは皮肉でも何でもありません。<br />
　学校にとって、秩序が壊れて学校の体を成さなくなることは絶対に防がねばなりません。<br />
　学力なんてのは、それがあって始めて求められるものです。<br />
　中学では、その絶対に防がねばならないことのための仕事がすごく多いのです。<br />
<br />
<br />
　高校には入試をパスしないと入れませんが、その入試をほとんどラッキーとしか言えないような感じで合格して来る生徒もいます。もちろん高校では鳴かず飛ばずで終わることが多い。<br />
　そういう時、高校としては「こんなヤツ受けさせて欲しくないよなあ」とか思いたくなります。<br />
　でもね。<br />
　大バクチで大学入試を突破した生徒を褒めそやすのが高校なんですよ。いい気なもんじゃないですか。<br />
<br />
<br />
　高校の教員として、小中学校のせいにしてもしょーがないと思うんですよ。<br />
　困った時に、小中学校のせいにはしたくない。<br />
　いえ、もちろん、注文したいことはありますよ。<br />
　でも、高校から小中学校に注文したいことがあるということは、大学や会社やその他から高校に注文したいこともあることを認めることです。<br />
<br />
　私は一方的非難のような注文に応じるのは、あまり気乗りがしないです。<br />
　だって、ハラ立つじゃないですか。<br />
　ということは、私が小中学校に一方的に非難のような注文をしても、たぶん小中学校の先生方は動いてくれない。<br />
　もし本当に、子どもたちを成長させたいのなら、親御さんも、幼児教育から高等教育(＝大学)の関係者も、企業の人間も、みんながそういう方向に前向きに動いてくれる必要があります。<br />
　一方的非難は、たとえその内容が正義であっても、相手を動かす力はない。<br />
<br />
　正論を言いました。論争には勝ちました。状況は何も変わりませんでした。<br />
　そういう結末を、私は好みません。<br />
<br />
<br />
　私の在住する県は、小学校と中学校の間で当たり前に人事異動がされています。これは県の方針で、従って小中双方の免許を持っていることが望ましいと採用試験の要項にも明記されいます。<br />
　さらに、高校と中学の交流人事も行われています。将来を嘱望されている教員を対象に、3年間の個人時交流がされています。<br />
　どちらもいいシステムだと思いますね。少なくともこういう異動を経験した人は、一方的非難はしないでしょう。
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-04-21">
<title>ssh519　桜のお話</title>
<link>http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-04-21</link>
<description>　亜寒帯に属する私の地元では、今が桜が満開の見頃となっています。現任校はすぐ隣が大きな公園で、先日はクラスの生徒をLHRに連れ出してお花見をしてきました。こういう立地条件はホントに恵まれている。こういうのは学校間で競争したところで変えられる類いのものじゃないですわね。　ところで。満開の桜って、ちょっと不気味な感じがしませんか？　実は、私はするんですよ。　喩えが悪いんですが、イナゴとかダンゴムシとかアリのような小さな昆虫が大量に群れているのを見るときに感じるような不気味な感じに似たものが、ちょっとだけ私の脳内をかすめるのですよ。あるいは、東京のラッシュアワーの映像みたいと言ってもいいかもしれません。　理由は多分、すべての木のすべての花が一斉に開花するからでしょうね。時間差をつけて開花するのなら、たぶんそういう妙な感覚はないはずです。　でも、一斉に咲いて一斉に散るからこそ桜はいいんですよね、一般的には。これこそが日本の美学。　さてさて。　日本で一番ポピュラーな桜はソメイヨシノですけど、あれが生物の種(しゅ)として認められていないということは、みなさんご存知でしょうか？　あれ、生物扱いされてないんですよ。　　</description>
<dc:subject>科学と技術</dc:subject>
<dc:creator>shira</dc:creator>
<dc:date>2012-04-21T23:49:34+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
　亜寒帯に属する私の地元では、今が桜が満開の見頃となっています。現任校はすぐ隣が大きな公園で、先日はクラスの生徒をLHRに連れ出してお花見をしてきました。こういう立地条件はホントに恵まれている。こういうのは学校間で競争したところで変えられる類いのものじゃないですわね。<div><br /></div><div>　ところで。<strong>満開の桜って、ちょっと不気味な感じがしませんか？</strong></div><div>　実は、私はするんですよ。</div><div>　喩えが悪いんですが、イナゴとかダンゴムシとかアリのような小さな昆虫が大量に群れているのを見るときに感じるような不気味な感じに似たものが、ちょっとだけ私の脳内をかすめるのですよ。あるいは、東京のラッシュアワーの映像みたいと言ってもいいかもしれません。</div><div><br /></div><div>　理由は多分、すべての木のすべての花が一斉に開花するからでしょうね。時間差をつけて開花するのなら、たぶんそういう妙な感覚はないはずです。</div><div>　でも、一斉に咲いて一斉に散るからこそ桜はいいんですよね、一般的には。これこそが日本の美学。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　さてさて。</div><div>　日本で一番ポピュラーな桜はソメイヨシノですけど、あれが生物の種(しゅ)として認められていないということは、みなさんご存知でしょうか？</div><div>　あれ、生物扱いされてないんですよ。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　</div><div><br /></div><div>　</div><a name="more"></a>　手元の辞書によると、種の定義は以下の通り。<div><br /></div><div> <span style="color: #0000ff">「生物分類学上の基本単位。属の下位。共通する形態的特徴をもち、他の個体群との形態の不連続性、交配および生殖質の合体の不能、地理的分布の相違などによって区別できる個体群。種を細分するときは亜種•変種•品種を用いる。」
</span>
</div><div><span style="color: #0000ff"><br /></span></div><div><span style="color: #0000ff">　</span>ご存知の方も多いかも知れませんが、ソメイヨシノには生殖能力がありません。花が咲いて花が散ると一応は実がなります。それは実に貧弱なサクランボで、私は小学校のころに食べたことがありますけど、大したもんじゃありません。甘いものが他に何も手に入らなければ食べるいう程度のものです。</div><div>　で、その実にも一応のタネがありますが、これは全く機能しません。ソメイヨシノは、自力では子孫を残せないのです。</div><div><br /></div><div>　ソメイヨシノを増やそうと思ったら、株分け(根から分けること)をするしかない。昔から、そうするしかない。</div><div>　今、日本中and世界の一部で生きているソメイヨシノは、すべて株分けによって増やされたものです。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　アメーバのようなものでない、ある程度高等な生物は、生殖によって子孫を残します。植物であればおしべから出る花粉がめしべに受粉して生殖を行う。動物であればオスの精子をメスの卵子が受精する。</div><div>　このシステムの強さは、遺伝子(DNA)が混じりあうことです。生殖するためには、必ずオス側のDNAとメス側のDNAが混じりあう。それによって、新しいDNAの組み合わせが発生し、多様な子孫が生まれる。</div><div><br /></div><div>　種というのは、当然お互いに似通っているんですが、あんまり似過ぎているとマズいんです。みんながみんな同じような場所や食物や異性を好んでしまうと、一斉に滅びる可能性が高い。いろいろと個性的な個体がいる方が、種全体として生き残るチャンスは大きい。</div><div>　DNAが混じりあうシステムは、そういう点でとても心強いです。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　まったく同じDNAを持った個体を人為的に作り出すことが、現代の技術では可能となっています。クローンというヤツです。</div><div>　クローンについては誤解が結構あるのですけど、基本的には通常の生殖ではなく、まったく同じDNAを持った個体を新たに作り出すことです。</div><div>　例えば、私のDNAと全く同じ個体を作ることは、現代の技術では可能です。でも、それは私と同じDNAを持った赤ん坊を作れるという意味。現在49歳の私と全く同じ49歳のコピー人間をポンとここに出してみせることは不可能です。</div><div>　仮に私のクローンが生まれたとしても、私と全く同じ人生を歩むことはまずないでしょう。時代が違いますし、環境も違います。見た目はかなり似ているとは思いますが、それとて食生活や環境で変わる可能性はあります。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　さて。</div><div>　ソメイヨシノは生殖能力がないので、世界中のソメイヨシノはすべて株分けによって増やされています。</div><div>　株分けだから、DNAの混じり合いはない。</div><div><br /></div><div>　<strong>つまり。世界中のソメイヨシノは、すべて同一のDNAを持っています。</strong></div><div><strong>　言い換えれば、ソメイヨシノは、すべてクローンです。</strong></div><div><strong><br /></strong></div><div>　<strong>だから、一斉に咲いて一斉に散るんです。何せ同一DNAを持つクローンですから。</strong>個性なんかないんです。</div><div><br /></div><div>　私が桜の開花に感じる不気味さの正体は、たぶんここいらへんにあるのでしょう。</div><div>　私は「みんな同じ」ってのがすごく落ち着かないというか、キライなんですよ。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　あ、でも私は花見は好きですよ。「花より団子」ならぬ「花よりお酒」ということで。</div><div>　</div>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-04-17">
<title>放課後73</title>
<link>http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-04-17</link>
<description>　先月、全日制英語科1年生の英語研修合宿(イングリッシュキャンプ)引率で出張した宿泊施設に置いてあった、今時ちょっと珍しいビン入りジュースの自動販売機。1本150円はお値段ですけど、まあそこはホテル料金ということで。　研修は業者に依頼して行われたので私はわりとヒマでした。　高1でこれだけ英語を話せるのはすごいと先方からは褒められましたが、何せ本校の英語科生は毎週3〜4時間のオールイングリッシュ授業をやっていますから、クラスメート同士で英語で話すことには慣れっこなんですな。むしろ彼ら彼女ら(人数比は彼ら2:彼女ら8)のつらさは、その会話能力が大学入試ではあまり活かせないこと。入試はペーパーテストで、しかも複数教科ありますからね。入試さえ突破できれば、彼ら彼女らの英語パフォーマンスはしごく強力な武器になるんですけど。　3年前まで私が担任した英語科の卒業生はほぼ全員が大学に進学しましたが、けっこうな数の学生が現在留学中か留学予定です。ホントに英語力を鍛えたい人たちだったんですね。私とはえらい違いですわ。頑張って欲しいです。　</description>
<dc:subject>ガラクタ箱</dc:subject>
<dc:creator>shira</dc:creator>
<dc:date>2012-04-17T21:24:51+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<img src="http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_417/sshshouron/DSCF1058b.jpg" border="0" alt="DSCF1058b.jpg" width="320" height="240" /><div>　先月、全日制英語科1年生の英語研修合宿(イングリッシュキャンプ)引率で出張した宿泊施設に置いてあった、今時ちょっと珍しいビン入りジュースの自動販売機。1本150円はお値段ですけど、まあそこはホテル料金ということで。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　研修は業者に依頼して行われたので私はわりとヒマでした。</div><div>　高1でこれだけ英語を話せるのはすごいと先方からは褒められましたが、何せ本校の英語科生は毎週3〜4時間のオールイングリッシュ授業をやっていますから、クラスメート同士で英語で話すことには慣れっこなんですな。むしろ彼ら彼女ら(人数比は彼ら2:彼女ら8)のつらさは、その会話能力が大学入試ではあまり活かせないこと。入試はペーパーテストで、しかも複数教科ありますからね。入試さえ突破できれば、彼ら彼女らの英語パフォーマンスはしごく強力な武器になるんですけど。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　3年前まで私が担任した英語科の卒業生はほぼ全員が大学に進学しましたが、けっこうな数の学生が現在留学中か留学予定です。ホントに英語力を鍛えたい人たちだったんですね。私とはえらい違いですわ。頑張って欲しいです。</div><div><br /></div><div>　</div><a name="more"></a>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-04-07">
<title>ssh518　調べる・覚える・考える</title>
<link>http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-04-07</link>
<description>　学力が高いって、どういうことでしょう？　教育学的な定義じゃなくて、単純に学業成績が優秀という意味で。　1970年代くらいまでであれば、学力＝知識の量でした。どれだけ多くのことを知っているか、言い換えればどれだけのものを覚えているか。記憶力が学力の最大の評価対象でした。　私が駆け出し教員だった1980年代は、詰め込み教育批判が盛り上がってきたころで、世の中の風潮はまだまだ「学力＝知識量」でした。おかげで生徒は「勉強＝覚えること」と認識していました。　この時期の教育が「詰め込み教育」などと批判されたのも、そういう理由でしょう。とにかくより多くのものを覚えていることこそが価値があった。　とにかく覚える。覚えたことを答案用紙に書く。それが学力。　もちろん、覚えることはすごく大切です。基礎的な知識、重要な事項をきちんと覚えていなけりゃどうにもならない。　でも、それも程度問題。度を超すとヘンなことになります。1970年代までは大学進学率が今(約50%)よりずっと低く、大学入試は「受験戦争」と呼ばれていました。入試問題はそれこそ重箱の隅をつつくようなモノが横行していました。知識量で学力を測ろうとすれば、そういう問題でふるい落とすしかなかったんでしょう。　翻って、21世紀は「考える力」が評価の対象です。ただただ詰め込んだって応用が効かない、自分で考えられなきゃダメだと。いわゆる「ゆとり」カリキュラムは、記憶力偏重を脱却して思考力を高めることを狙ったものでした。昨今の高校入試・大学入試では、かなり思考力を問う問題が増えています。特に数学・理科・小論文はそういう傾向が強い。PISAのテストも思考力重視です。　モノを考える力は、メチャクチャに重要です。これは私にとっても重要なテーマです。それが評価されるのは本来歓迎すべきことです(どうやって思考力を評価するのかという問題は残りますが)。　でもね。　覚える前に、考える前に、まずやるべきことがあるんですよ。　それは、調べること。</description>
<dc:subject>教科学習</dc:subject>
<dc:creator>shira</dc:creator>
<dc:date>2012-04-08T20:22:53+09:00</dc:date>
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　学力が高いって、どういうことでしょう？<div>　教育学的な定義じゃなくて、単純に学業成績が優秀という意味で。<br /><div><br /><div><br /></div><div>　1970年代くらいまでであれば、学力＝知識の量でした。どれだけ多くのことを知っているか、言い換えればどれだけのものを覚えているか。記憶力が学力の最大の評価対象でした。</div><div>　私が駆け出し教員だった1980年代は、詰め込み教育批判が盛り上がってきたころで、世の中の風潮はまだまだ「学力＝知識量」でした。おかげで生徒は「勉強＝覚えること」と認識していました。</div><div>　この時期の教育が「詰め込み教育」などと批判されたのも、そういう理由でしょう。とにかくより多くのものを覚えていることこそが価値があった。</div><div>　とにかく覚える。覚えたことを答案用紙に書く。それが学力。</div><div><br /></div><div>　もちろん、覚えることはすごく大切です。基礎的な知識、重要な事項をきちんと覚えていなけりゃどうにもならない。</div><div>　でも、それも程度問題。度を超すとヘンなことになります。1970年代までは大学進学率が今(約50%)よりずっと低く、大学入試は「受験戦争」と呼ばれていました。入試問題はそれこそ重箱の隅をつつくようなモノが横行していました。知識量で学力を測ろうとすれば、そういう問題でふるい落とすしかなかったんでしょう。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　翻って、21世紀は「考える力」が評価の対象です。ただただ詰め込んだって応用が効かない、自分で考えられなきゃダメだと。いわゆる「ゆとり」カリキュラムは、記憶力偏重を脱却して思考力を高めることを狙ったものでした。昨今の高校入試・大学入試では、かなり思考力を問う問題が増えています。特に数学・理科・小論文はそういう傾向が強い。PISAのテストも思考力重視です。</div><div><br /></div><div>　モノを考える力は、メチャクチャに重要です。これは私にとっても重要なテーマです。それが評価されるのは本来歓迎すべきことです(どうやって思考力を評価するのかという問題は残りますが)。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　でもね。</div><div>　<strong>覚える前に、考える前に、まずやるべきことがあるんですよ。</strong></div><div><strong>　それは、調べること。</strong></div></div></div><div><strong><br /></strong></div><div><strong><br /></strong></div><a name="more"></a>　ものを考えるには、知識がなきゃダメです。ものを知らない人に、ものは考えられない。<div>　イナカの高校1年生に進路希望を考えろと言っても、考えられません。彼ら彼女らは高校入試を終えたばかりで、学部とか学科とか、そんなもん全然知らんのです。知っている大学名は地元の大学と、箱根でかけっこしてる関東の私立大学(主に文系)ばっか。まずは大学とか学部・学科のことが頭に入らないと、何も考えられない。</div><div><br /></div><div>　知っているというのは、覚えているということです。</div><div><br /></div><div>　じゃ、とにかくいろんな知識を与えてもらえば、それで知識は増えるのか？</div><div>　ムリです。</div><div>　自分で調べたものじゃないと、頭には入りません。</div><div><br /></div><div>　ちょいと旧聞になりますが、佐々木主浩がシアトル・マリナーズに移籍したときのこと。</div><div>　ピッチャーにとって、相手バッターの強みと弱点を分析することは欠かせません。日本ではチームのスコアラーが相手チームのバッターを分析し、そのデータをピッチャーにくれるのだそうですけど、マリナーズに渡った佐々木投手は自分で調べました。</div><div>　そのときの彼のセリフがいいんですよ。</div><div>　<strong>「やっぱり、自分でやらないと覚えないじゃないですか。」</strong></div><div><br /></div><div><br /></div><div>　英単語を覚えるのが苦手な人は、やっぱり自分で調べる手間を惜しんでます。</div><div>　ただ見ていたって、覚えません。</div><div>　一番覚えるのは、予習復習の時に、わからない単語があったら、書き出して辞書で調べて意味を書くこと。</div><div>　自分で調べたことは簡単には忘れません。</div><div><br /></div><div>　調べるというのは、わからないことの答えを見つけるための行為です。</div><div>　調べるという行為をするとき、人は答えを知りたがっている。</div><div>　知りたいことを見つけたときは、例外なく嬉しいものです。この喜びがあるから、そう簡単には忘れない。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　調べることのできない人は、いつまでたっても一人で勉強することができません。誰かに教えてもらわないと、何も学べない。</div><div>　調べることのできる人は、道具さえあれば一人で勉強できます。英語の受験問題で難しい問題に出くわしても、辞書と文法書で理由を見つけることができる。自分のペースで勉強できます。</div><div><br /></div><div>　大学の勉強は、調べることが中心です。</div><div>　資料を調べる。書籍で調べる。実験で調べる。観察で調べる。</div><div>　調べることのできない人に、高等教育(大学以上の教育のこと)は受けられません。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　自分で調べる。</div><div>　調べて、重要なことを覚える。</div><div>　それでようやく、自分の頭で考えることができる。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　まず、調べる。</div><div>　調べることが、勉強の一番の基本です。</div><div>　</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　</div>
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</item>
<item rdf:about="http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-04-02">
<title>ssh517　春休みも難しい</title>
<link>http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-04-02</link>
<description>　3月のどんづまりに年度内の宿題が何とか片付きまして、今日は春休みを取りました。　1日だけですが、平日に休みが取れると気分的にはちょっとリフレッシュできます。　学校職員の勤務システムをよく知らない方のために一応説明しておきますと、夏休みとか冬休みとか春休みとかの長期休業は授業がない期間であって、我々職員は通常勤務です。ただ、仕事の面で融通が効きますから、代休や年次休暇(略して年休。会社員の有給休暇とほぼ同義)が取りやすい。　20年くらい前までは長期休業中にかなりのんびり休んでいた先生もいました。昔は事務仕事の要求が割と少なかったですし、週休2日制の代休(公務員は制度上週休2日だが教育職は土曜日が授業日のためその代休措置が必要)を長期休業中にまとめて取るパターンがあったからです。まあ、もっとも、年間20日分くらいある土曜勤務の代休をりましたが全部消化することなんか不可能でしたけど。　ところで。職員のことはさておいても、学校では長期休業の設定が年々難しくなってます。　ssh496春休みが難しいで、冬休みの設定がすごく難しくなっているという話を書きました。天皇誕生日と成人の日が実に厄介な場所にあると。　実は、高校の場合、春休みもかなり難しいんです。</description>
<dc:subject>教育問題</dc:subject>
<dc:creator>shira</dc:creator>
<dc:date>2012-04-02T23:47:07+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
　3月のどんづまりに年度内の宿題が何とか片付きまして、今日は春休みを取りました。<div>　1日だけですが、平日に休みが取れると気分的にはちょっとリフレッシュできます。</div><div><br /><div>　学校職員の勤務システムをよく知らない方のために一応説明しておきますと、夏休みとか冬休みとか春休みとかの長期休業は授業がない期間であって、我々職員は通常勤務です。ただ、仕事の面で融通が効きますから、代休や年次休暇(略して年休。会社員の有給休暇とほぼ同義)が取りやすい。</div><div>　20年くらい前までは長期休業中にかなりのんびり休んでいた先生もいました。昔は事務仕事の要求が割と少なかったですし、週休2日制の代休(公務員は制度上週休2日だが教育職は土曜日が授業日のためその代休措置が必要)を長期休業中にまとめて取るパターンがあったからです。まあ、もっとも、年間20日分くらいある土曜勤務の代休をりましたが全部消化することなんか不可能でしたけど。</div><div><div><br /></div><div><br /></div><div>　ところで。職員のことはさておいても、学校では長期休業の設定が年々難しくなってます。</div><div>　<a href="http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2011-12-29">ssh496春休みが難しい</a>で、冬休みの設定がすごく難しくなっているという話を書きました。天皇誕生日と成人の日が実に厄介な場所にあると。</div></div><div><br /></div><div>　実は、高校の場合、春休みもかなり難しいんです。</div><div><br /></div><div><br /></div></div><a name="more"></a>　かつて、3月というのはかなり優雅な時期でした。少なくとも私の地元では。<div>　最後の定期テストが大体3月の1〜7日あたり。卒業式が3月5〜8日ころ。これが終わると、在校生はずーっと授業がなく、あとは3月23日ころに終業式にやってくるだけ。</div><div>　かくいう私は、20年前の3月15日に結婚式をやって、その足で1週間のハネムーンに出かけました。1週間も学校を空けても何とかなる時期というのは、当時は3月くらいしかなかったんです。</div><div><br /></div><div>　そんな時代もあったよね。今はそうはいきません。1・2年生は3月中もかなり授業やら補習やらを行います。</div><div>　これが実に悩ましい。</div><div>　悩ましい理由は、入学者選抜と単位認定。</div><div><br /></div><div>　</div><div>　入学者選抜、つまり高校入試ですけど、これはさすがに神経を使います。</div><div>　県から配布される要項は、全員できっちり読み合わせをします。教室は入念にクリーニングします。在校生のヘンテコな落書きが試験に影響を与えては一大事です。放送設備は全部チェックします。在校生に聞こえてはマズいので、全員帰宅した時間帯に行います。採点は慎重にやらねばなりません。かつて合格者の指名が公表されていたころは、合格者名簿のコピーを新聞社やテレビ局に差し上げるというお仕事もありました。今はそういうことはやりませんが、その代わり開示請求のための準備があります(本県は答案そのものが開示請求対象)。</div><div><br /></div><div>　当然のことながら、選抜業務のあいだ、授業なんかできません。準備から何からひっくるめると5日は授業ができません。</div><div>　資料を作る担当の職員はもっと大変です。在校生が授業に来ている傍らで、選抜の秘密業務をしないといけない。そんなの分業すればいいじゃないかというのは、公務員の人件費削減を一度も口にしたことの無い人だけが言えること。今日日の現場は人員的にカツカツなのです。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　一方の単位認定ですが、これは入試以上に厄介です。</div><div>　年度末に、単位認定の基準に達していない生徒が出ます。これは必ず出ます。</div><div>　こういう生徒に対して、はいさようならというわけにはいきません。</div><div></div><div>　認定基準に達しなかった生徒の事情は十人十色の千差万別です。だから指導は時間がかかる。心身の不調やら家族内やクラス内のトラブルやらその他もろもろの事情やらを抱えている生徒はもちろんですけど、ただの怠惰で成績が足りない生徒に対しても、いきなりダメとは言えません。本当にどうにもならないのか、学校も本人も保護者も見極めるための時間が必要です。</div><div>　「義務教育でも落第させろ」とホザいている首長がいるみたいですけど、まー現場を知らないガキの言うことには付き合いきれませんな。そんなんで済めば教員なんて極楽商売ですわ。</div><div><br /></div><div>　かつての高校であれば、3月は日程に余裕がありましたから、諸事情あって不認定候補となった生徒に対して、丁寧に指導することができました。</div><div>　1ヶ月近く指導を繰り返してきたのになかなか付いてきてくれなくて、こっちは怒るし親は困るしで、いよいよ3月も末日になって、自分は本当は高校に進みたくはなかったけれど親や中学の先生にほだされてここまで来てしまった、でもやっぱりもう耐えられないと吐き出した・・・なんてケースもあります(実話)。</div><div>　表に出てくる数字や態度や情報だけじゃわからないことが、山ほどあるんですよ。にんげんだもの(＠相田みつを)。</div><div>　ところが、昨今は3月もいっぱいいっぱい授業やら補習やらを入れますんで、そういう時間があまり取れないんです。結局、担当者が骨身を削ることによってだけ何とかなっているというのが実情です。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　昨今めっきり夏休みの短くなった大学でも、春休みはさすがに割と長いようです。たぶん選抜業務と単位認定指導のお仕事のせいでしょう。特に選抜業務はチョー複雑ですからね。授業どころじゃないでしょう。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　さてさて。そんな難しくて短い春休みも終了。私の仕事始めは4月3日です。始業式は4月4日。</div><div>　リフレッシュも中くらいなりおらが春休み、ではありますが、生徒は待ってくれません。</div><div>　さ、無理矢理気持ちを入れ直して頑張りましょう。</div>
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</item>
<item rdf:about="http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-03-26">
<title>LHR60　iMac frozen　</title>
<link>http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-03-26</link>
<description>　1週間ぶりの更新です。3月は割と快調に更新していたのに、ここに来て急にペースが鈍化。　理由の一つは年度末の多忙さ。昼は成績処理やら残務整理やらで、夜は送別会シーズンということで、じっくりPCに向かうヒマが少なめ。　でも、最大の理由は、iMacのトラブルシューティング。今月の半ばから、iMacがやたらとフリーズするようになっちゃいまして。特に立ち上げ直後が数分間ガチンガチンに凍ってしまう。　しばらくはだましだまし使っていたのですけど(iMacの調子が悪いと子どもたちがあまりPCをいじらないので教育上好ましいということもありました)、だんだんひどくなって来ちゃいまして。　私がPCとマトモに付き合うようになったのはホンの10年ほど前です。当時愛用していたワープロ専用機がいよいよダメになったので、やむなく職場のPCのWordを使うようになったんです。(しっかしまあ、Wordってワープロソフトは、あんましデキが良くないですな。専用機の方が全然扱いやすかったです。)　当時もPCのトラブルはしょっちゅうありまして、その度にPCに詳しい同僚さんに対処してもらっていました。　で、当時の私は、コンピュータというのは、プログラムやら何やらに精通している人間でなければ直せないと思い込んでました。ところが、実際に対処してもらっている時に聞いたら、「いや、何だかわからないけど、あれこれいじっているうちにうまくいくんだよ」と返事されて拍子抜け。　何のことはない。普通の機械を直すのとおんなじ。　というわけで、frozen iMacを解きほぐすべく、マニュアルやヘルプを読みながら、一つ一つ症状をチェックして、一つ一つ対策を試して行きました。やることは単純。ただし手間は大変。　あれこれ試しているうちに、いつの間にか調子が良くなりました。　原因はよくわかりません。どの対策が効いたのかもはっきりしません。でも、調子は戻りました。　所要時間1週間。やれやれです。　　</description>
<dc:subject>エッセイ</dc:subject>
<dc:creator>shira</dc:creator>
<dc:date>2012-03-27T19:10:54+09:00</dc:date>
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　1週間ぶりの更新です。3月は割と快調に更新していたのに、ここに来て急にペースが鈍化。<div>　理由の一つは年度末の多忙さ。昼は成績処理やら残務整理やらで、夜は送別会シーズンということで、じっくりPCに向かうヒマが少なめ。</div><div>　でも、最大の理由は、iMacのトラブルシューティング。今月の半ばから、iMacがやたらとフリーズするようになっちゃいまして。特に立ち上げ直後が数分間ガチンガチンに凍ってしまう。</div><div>　しばらくはだましだまし使っていたのですけど(iMacの調子が悪いと子どもたちがあまりPCをいじらないので教育上好ましいということもありました)、だんだんひどくなって来ちゃいまして。</div><div><br /></div><div><br /></div><div><div>　私がPCとマトモに付き合うようになったのはホンの10年ほど前です。当時愛用していたワープロ専用機がいよいよダメになったので、やむなく職場のPCのWordを使うようになったんです。(しっかしまあ、Wordってワープロソフトは、あんましデキが良くないですな。専用機の方が全然扱いやすかったです。)</div><div>　当時もPCのトラブルはしょっちゅうありまして、その度にPCに詳しい同僚さんに対処してもらっていました。</div><div>　で、当時の私は、コンピュータというのは、プログラムやら何やらに精通している人間でなければ直せないと思い込んでました。ところが、実際に対処してもらっている時に聞いたら、「いや、何だかわからないけど、あれこれいじっているうちにうまくいくんだよ」と返事されて拍子抜け。</div><div>　何のことはない。普通の機械を直すのとおんなじ。</div></div><div><br /></div><div><br /></div><div>　というわけで、frozen iMacを解きほぐすべく、マニュアルやヘルプを読みながら、一つ一つ症状をチェックして、一つ一つ対策を試して行きました。やることは単純。ただし手間は大変。</div><div>　あれこれ試しているうちに、いつの間にか調子が良くなりました。</div><div>　原因はよくわかりません。どの対策が効いたのかもはっきりしません。でも、調子は戻りました。</div><div>　所要時間1週間。やれやれです。</div><div>　</div><div>　</div><div><br /></div><a name="more"></a>
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<item rdf:about="http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-03-20">
<title>LHR59　さらば行列のできる進路指導室の立役者　</title>
<link>http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-03-20</link>
<description>　3月は人事異動のシーズンです。　私は異動対象外でして、来年度も今の学校であります。　しかし。　「行列のできる進路指導室」の立役者である主任とサブのお二人が異動となってしまいました。　主任の先生は、私がいた学年団の学年主任でもありました。本当に生徒に対して暖かい眼差しと熱いハートで迫る素晴らしい先生です。　私が自暴自棄になりかけた時、常に支えてくれました。　主任先生は数学科ですが、授業の判りやすさは生徒にも定評がありました。　実は先生はなかなかハンサムなのですよ。私が担任していた全日制英語科は40名中30名が女子というクラスでしたが、生徒には「◯◯先生、カッコいい〜！」と人気でした。ただ、ものすごいテレ屋さんなので、ちょっと困っていたようですけど。　一方、サブの先生ですが、こちらは4D Theaterで登場した才色兼備の女性教諭M先生その人であります。　M先生はお隣の県との交流人事システムで2年間の約束でやってきた方です。某名門女子大で博士課程まで修めた方です。　彼女は数学の先生だからリケジョ(理系女子)なのに、文系方面にもすごくセンスがあって、面接や小論文の指導はすごく上手でした。そういえば、3年生の英語のテスト監督をすると、リスニングテストをいっしょに解答して、しかも全部満点でした。　行列のできる進路指導室は、このお二人があって始めてスタートできました。　昨日は、そのお二人と＋私＋現在進路指導室常駐の先生の4人で、ささやか(じゃないよなあ、あれ)な宴会をやりました。　場所は駅前のとある居酒屋。ここは2010年4月に新進路指導室がスタートしたとき、お二人＋私の3人で飲み会をやったところです。ここは日本酒もビールも品揃えが豊富でいいんですよ。　席上、しきりと出たセリフは「楽しかったよねえ」。　うん、確かに楽しかったです。生徒もいっぱい来たし、それなりに結果も出ましたし。　楽しかったと言えるような仕事をできるチャンスなんて、そうあるもんじゃないです。ホント、私は恵まれてました。　いや、実に惜しいです。こんなにデキる先生といっしょに仕事のできる経験は、そう滅多にあるもんじゃないです。　まあ、でも、そういうデキる方だからこそ、いろんなところで活躍してもらわんといかんのですよね。　いや〜それにしても、おいしい酒だったなあ。　</description>
<dc:subject>エッセイ</dc:subject>
<dc:creator>shira</dc:creator>
<dc:date>2012-03-20T22:39:50+09:00</dc:date>
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　3月は人事異動のシーズンです。<div>　私は異動対象外でして、来年度も今の学校であります。</div><div>　しかし。</div><div>　「<a href="http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2010-07-15-1">行列のできる進路指導室</a>」の立役者である主任とサブのお二人が異動となってしまいました。</div><div><br /></div><div></div><div><br /></div><div>　主任の先生は、私がいた学年団の学年主任でもありました。本当に生徒に対して暖かい眼差しと熱いハートで迫る素晴らしい先生です。</div><div>　私が自暴自棄になりかけた時、常に支えてくれました。</div><div>　主任先生は数学科ですが、授業の判りやすさは生徒にも定評がありました。</div><div>　実は先生はなかなかハンサムなのですよ。私が担任していた全日制英語科は40名中30名が女子というクラスでしたが、生徒には「◯◯先生、カッコいい〜！」と人気でした。ただ、ものすごいテレ屋さんなので、ちょっと困っていたようですけど。</div><div><br /></div><div>　一方、サブの先生ですが、こちらは<a href="http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2011-02-12">4D Theater</a>で登場した才色兼備の女性教諭M先生その人であります。</div><div>　M先生はお隣の県との交流人事システムで2年間の約束でやってきた方です。某名門女子大で博士課程まで修めた方です。</div><div>　彼女は数学の先生だからリケジョ(理系女子)なのに、文系方面にもすごくセンスがあって、面接や小論文の指導はすごく上手でした。そういえば、3年生の英語のテスト監督をすると、リスニングテストをいっしょに解答して、しかも全部満点でした。</div><div><br /></div><div>　行列のできる進路指導室は、このお二人があって始めてスタートできました。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　昨日は、そのお二人と＋私＋現在進路指導室常駐の先生の4人で、ささやか(じゃないよなあ、あれ)な宴会をやりました。</div><div>　場所は駅前のとある居酒屋。ここは2010年4月に新進路指導室がスタートしたとき、お二人＋私の3人で飲み会をやったところです。ここは日本酒もビールも品揃えが豊富でいいんですよ。</div><div><br /></div><div>　席上、しきりと出たセリフは「楽しかったよねえ」。</div><div>　うん、確かに楽しかったです。生徒もいっぱい来たし、それなりに結果も出ましたし。</div><div>　楽しかったと言えるような仕事をできるチャンスなんて、そうあるもんじゃないです。ホント、私は恵まれてました。</div><div><br /></div><div>　いや、実に惜しいです。こんなにデキる先生といっしょに仕事のできる経験は、そう滅多にあるもんじゃないです。</div><div>　まあ、でも、そういうデキる方だからこそ、いろんなところで活躍してもらわんといかんのですよね。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　いや〜それにしても、おいしい酒だったなあ。</div><div><br /></div><div>　</div><div><br /></div><div><br /></div><a name="more"></a>
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<item rdf:about="http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-03-12-1">
<title>ssh516　中央メディアが一斉に黙殺した3.11国会包囲行動</title>
<link>http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-03-12-1</link>
<description>◆◆政府は安保改定に反対する労働者や学生によって、国会が包囲され退陣に追い込まれた岸信介内閣の二の舞を避けたかったのだろうか。国会包囲に十分な参加者数はいたのだが、警察が舗道の一部分を通行禁止にしたため、脱原発を求める市民が国会議事堂を完全に取り巻くことはできなかった。　通行止めになったのは、衆議院第二会館前の交差点から首相官邸までの100ｍ余り。この部分以外は人間の鎖でつながった。1万人はいただろうか。　議事堂に隣接し外周する舗道は完全にシャットアウト。制服警察官がびっしりと配置され蟻一匹入り込めないほどの厳重な警戒だった。　神奈川県から電車を乗り継いで来た青年（30代前半）は、「（完全に）包囲できなかったのは無念。官邸にも行きたかったのに」と悔しがった。この日は官邸に「再稼働をしないよう申し入れる」ことになっていたのだ。　「思っているだけで行動できなかった。そんな人が腰をあげる状態になった」。仲間の女性は脱原発運動の広がりに表情を明るくした。連れの男性は「人がこれだけ集まるようになったのは、ちょっとずつ変化してきた証拠」と言いながら「UST中継だけで満足しないでここに来て下さい」と力を込めた。　国会正門前では「脱原発集会」が催された。社民党の福島瑞穂党首が「国会は私の職場なのにきょうは近づけない。おかしな事態だ」と話すと、うねりのような拍手が起きた。　ドイツ連邦議会議員で「緑の党」原発問題責任者のシルビア・コッティング・ウールさんがマイクを握った。　「日本政府がやるべきことをやっていない。東電の責任をもっと追及しなければならない。ドイツが脱原発を決めたのだから日本もできないはずはない。ドイツで脱原発ができたのは市民が（原発推進に）抵抗したからだ」。シルビア議員がスピーチすると、指笛と拍手がしばらく鳴りやまなかった。　陽が完全に没すると参加者たちは手にキャンドルをかざした。無数の灯が光の輪となって国会を取り囲み、議事堂のシルエットが夕空に浮かびあがった。権威の殿堂に、原発再稼働阻止を叫ぶ1万人の声はどう響いたのだろうか。　人間の鎖が寸断されたのは、警察に不当規制をさせた野田官邸の反則あればこそだ。2012年3月11日夕、国会は脱原発を求める市民によって確かに包囲された。(田中龍作ジャーナルより)◆◆　3月11日に東京で大規模な集会が行われたことは、私が購読している朝日新聞でも地味〜に触れられていましたけど、その..</description>
<dc:subject>メディア論</dc:subject>
<dc:creator>shira</dc:creator>
<dc:date>2012-03-14T21:54:28+09:00</dc:date>
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<div><font color="#0000ff">◆◆政府は安保改定に反対する労働者や学生によって、国会が包囲され退陣に追い込まれた岸信介内閣の二の舞を避けたかったのだろうか。国会包囲に十分な参加者数はいたのだが、警察が舗道の一部分を通行禁止にしたため、脱原発を求める市民が国会議事堂を完全に取り巻くことはできなかった。</font></div><font color="#0000ff">　通行止めになったのは、衆議院第二会館前の交差点から首相官邸までの100ｍ余り。この部分以外は人間の鎖でつながった。1万人はいただろうか。<br />　議事堂に隣接し外周する舗道は完全にシャットアウト。制服警察官がびっしりと配置され蟻一匹入り込めないほどの厳重な警戒だった。<br />　神奈川県から電車を乗り継いで来た青年（30代前半）は、「（完全に）包囲できなかったのは無念。官邸にも行きたかったのに」と悔しがった。この日は官邸に「再稼働をしないよう申し入れる」ことになっていたのだ。<br />　「思っているだけで行動できなかった。そんな人が腰をあげる状態になった」。仲間の女性は脱原発運動の広がりに表情を明るくした。連れの男性は「人がこれだけ集まるようになったのは、ちょっとずつ変化してきた証拠」と言いながら「UST中継だけで満足しないでここに来て下さい」と力を込めた。</font><div><font color="#0000ff">　国会正門前では「脱原発集会」が催された。社民党の福島瑞穂党首が「国会は私の職場なのにきょうは近づけない。おかしな事態だ」と話すと、うねりのような拍手が起きた。<br />　ドイツ連邦議会議員で「緑の党」原発問題責任者のシルビア・コッティング・ウールさんがマイクを握った。<br />　「日本政府がやるべきことをやっていない。東電の責任をもっと追及しなければならない。ドイツが脱原発を決めたのだから日本もできないはずはない。ドイツで脱原発ができたのは市民が（原発推進に）抵抗したからだ」。シルビア議員がスピーチすると、指笛と拍手がしばらく鳴りやまなかった。<br />　陽が完全に没すると参加者たちは手にキャンドルをかざした。無数の灯が光の輪となって国会を取り囲み、議事堂のシルエットが夕空に浮かびあがった。権威の殿堂に、原発再稼働阻止を叫ぶ1万人の声はどう響いたのだろうか。<br />　人間の鎖が寸断されたのは、警察に不当規制をさせた野田官邸の反則あればこそだ。2012年3月11日夕、国会は脱原発を求める市民によって確かに包囲された。(<a href="http://tanakaryusaku.jp/">田中龍作ジャーナル</a>より)◆◆</font><div><font color="#0000ff"><br /></font></div><div>　3月11日に東京で大規模な集会が行われたことは、私が購読している朝日新聞でも地味〜に触れられていましたけど、その人たちが国会包囲行動に出たのはネットで始めて知りました。</div><div>　海外の数百人規模の鎮魂集会はTVでも流れたのに、なぜこれはどこでも流れなかったのでしょうか？</div><div>　再び、私は意図を感じざるを得ません。</div><div>　詳細はこちらで。</div><div><br /></div><div>　<a href="http://tanakaryusaku.jp/2012/03/0003870">田中龍作ジャーナル　「キャンドルの灯が国会を包囲した」</a></div><div>　<a href="http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/1327">Our Planet TV　「追悼と怒り」１万人が国会を取り囲む</a></div><div>　<a href="http://seiko-jiro.net/modules/newbb/viewtopic.php?topic_id=1831&amp;forum=1&amp;post_id=3340#forumpost3340">大木晴子のページ　明日も晴れ　3.11原発ゼロへ　国会包もうヒューマンチェーン</a></div><div>　<a href="http://kihachin.net/klog/archives/2012/03/120311.html">喜八ログ　3.11「かふぇオハナ」お茶会　国会包囲ヒューマンチェーン</a></div><div>　<a href="http://www.youtube.com/watch?v=WsOsE7Kunxw">You Tube　3.11国会包もうヒューマンチェーン</a></div><div><br /></div><div>　<br /><br /><br /></div></div><a name="more"></a>
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<item rdf:about="http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-03-12">
<title>ssh515　陛下、原発のことをしゃべってはなりません</title>
<link>http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-03-12</link>
<description>　3月11日に東京で行われた東日本大震災追悼式典に関して、田中龍作ジャーナルで知ったお話。　この式典での、今上天皇明仁陛下のお言葉は以下の通り。◆◆　東日本大震災から１周年、ここに一同と共に、震災により失われた多くの人々に深く哀悼の意を表します。　１年前の今日、思いも掛けない巨大地震と津波に襲われ、ほぼ２万に及ぶ死者、行方不明者が生じました。その中には消防団員を始め、危険を顧みず、人々の救助や防災活動に従事して命を落とした多くの人々が含まれていることを忘れることができません。　さらにこの震災のため原子力発電所の事故が発生したことにより、危険な区域に住む人々は住み慣れた、そして生活の場としていた地域から離れざるを得なくなりました。再びそこに安全に住むためには放射能の問題を克服しなければならないという困難な問題が起こっています。　この度の大震災に当たっては、国や地方公共団体の関係者や、多くのボランティアが被災地へ足を踏み入れ、被災者のために様々な支援活動を行ってきました。このような活動は厳しい避難生活の中で、避難者の心を和ませ、未来へ向かう気持ちを引き立ててきたことと思います。この機会に、被災者や被災地のために働いてきた人々、また、原発事故に対応するべく働いてきた人々の尽力を、深くねぎらいたく思います。　また、諸外国の救助隊を始め、多くの人々が被災者のため様々に心を尽くしてくれました。外国元首からのお見舞いの中にも、日本の被災者が厳しい状況の中で互いに絆を大切にして復興に向かって歩んでいく姿に印象付けられたと記されているものがあります。世界各地の人々から大震災に当たって示された厚情に深く感謝しています。　被災地の今後の復興の道のりには多くの困難があることと予想されます。国民皆が被災者に心を寄せ、被災地の状況が改善されていくようたゆみなく努力を続けていくよう期待しています。そしてこの大震災の記憶を忘れることなく、子孫に伝え、防災に対する心掛けを育み、安全な国土を目指して進んでいくことが大切と思います。　今後、人々が安心して生活できる国土が築かれていくことを一同と共に願い、御霊（みたま）への追悼の言葉といたします◆◆　問題は太字部分。　NHKの生中継では、もちろんこの「お言葉」はすべてが放映されています。　ところが。田中氏によると、太字部分はNHKニュースではカットされていたらしいのです。　他の中央TV局のニュースでもや..</description>
<dc:subject>メディア論</dc:subject>
<dc:creator>shira</dc:creator>
<dc:date>2012-03-12T21:08:40+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
　3月11日に東京で行われた東日本大震災追悼式典に関して、<a href="http://tanakaryusaku.jp/">田中龍作ジャーナル</a>で知ったお話。<br /><br />　この式典での、今上天皇明仁陛下のお言葉は以下の通り。<br /><br /><span style="color: #0000ff">◆◆<br />　東日本大震災から１周年、ここに一同と共に、震災により失われた多くの人々に深く哀悼の意を表します。<br />　１年前の今日、思いも掛けない巨大地震と津波に襲われ、ほぼ２万に及ぶ死者、行方不明者が生じました。その中には消防団員を始め、危険を顧みず、人々の救助や防災活動に従事して命を落とした多くの人々が含まれていることを忘れることができません。<br />　<strong>さらにこの震災のため原子力発電所の事故が発生したことにより、危険な区域に住む人々は住み慣れた、そして生活の場としていた地域から離れざるを得なくなりました。再びそこに安全に住むためには放射能の問題を克服しなければならないという困難な問題が起こっています。</strong><br />　この度の大震災に当たっては、国や地方公共団体の関係者や、多くのボランティアが被災地へ足を踏み入れ、被災者のために様々な支援活動を行ってきました。このような活動は厳しい避難生活の中で、避難者の心を和ませ、未来へ向かう気持ちを引き立ててきたことと思います。この機会に、被災者や被災地のために働いてきた人々、また、原発事故に対応するべく働いてきた人々の尽力を、深くねぎらいたく思います。<br />　また、諸外国の救助隊を始め、多くの人々が被災者のため様々に心を尽くしてくれました。外国元首からのお見舞いの中にも、日本の被災者が厳しい状況の中で互いに絆を大切にして復興に向かって歩んでいく姿に印象付けられたと記されているものがあります。世界各地の人々から大震災に当たって示された厚情に深く感謝しています。<br />　被災地の今後の復興の道のりには多くの困難があることと予想されます。国民皆が被災者に心を寄せ、被災地の状況が改善されていくようたゆみなく努力を続けていくよう期待しています。そしてこの大震災の記憶を忘れることなく、子孫に伝え、防災に対する心掛けを育み、安全な国土を目指して進んでいくことが大切と思います。<br />　今後、人々が安心して生活できる国土が築かれていくことを一同と共に願い、御霊（みたま）への追悼の言葉といたします◆◆</span><br /><br />　問題は太字部分。<br />　NHKの生中継では、もちろんこの「お言葉」はすべてが放映されています。<br />　ところが。田中氏によると、<strong>太字部分はNHKニュースではカットされていた</strong>らしいのです。<br />　他の中央TV局のニュースでもやはりカットされていたと。<br /><br />　明仁陛下の「お言葉」は、それほど長いものじゃありません。<br />　そもそも陛下は隊長万全ではありません。手術明けの、それこそ病み上がりであるのに、それを押して頑張って出席して、この「お言葉」を読み上げた。<br />　なのになぜ、その「お言葉」から、原発の部分だけをわざわざカットした？<br /><br />　私は「意図」を感じざるを得ません。<br />　<a name="more"></a>
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</item>
<item rdf:about="http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-03-10">
<title>放課後72</title>
<link>http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-03-10</link>
<description>　実に平和な校長先生の寝顔。　明日で大震災からちょうど1年です。</description>
<dc:subject>ガラクタ箱</dc:subject>
<dc:creator>shira</dc:creator>
<dc:date>2012-03-10T23:31:16+09:00</dc:date>
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<img src="http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_417/sshshouron/DSCF1034bb.jpg" border="0" alt="DSCF1034bb.jpg" width="640" height="440" /><div>　実に平和な校長先生の寝顔。</div><div><br /></div><div>　明日で大震災からちょうど1年です。</div><a name="more"></a>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-03-08">
<title>ssh514　十校十色〜教育ブログの読み方(4)</title>
<link>http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-03-08</link>
<description>　ブログを始めて良かったな、と思うことはいくつもありますが、その中に「同じ学校でもこうも違うものか」ということがわかったというのがあります。　一口に学校と言っても、小学校と中学と高校と大学は全然違う。　同じ高校であっても、私立と公立はかなり違う。　同じ公立高校であっても、都道府県によって様子が全然違う。　同じ都道府県の同じ公立高校でも、立地条件や生徒の違い(学力・運動能力その他)によってまるで違う。　同一の学校内でも、担当する教科や部署が違うと、仕事の様子がまた違う。　かと思えば、全然違う土地の全然違う学校同士が、すごく似ていたりもする。　自校の常識は他校の非常識。所変われば品変わる。　私の現任校には、職員室という部屋はありません。　それぞれ教科ごとに「研究室」という部屋があり、職員はそこにいます。私は「英語研究室」常駐です。　ところが、同じ県の公立高校であっても、職員室がある学校もあります。　同じ県内でも、小学校と中学校はだいたい職員室があって、そこにほぼ全員の先生がいます。(芸術や技術家庭や体育など実技系の先生は別部屋)。　私はただいま1年生の担任をやっています。　私の地元では、担任というのは3年間持ち上がりで、一度担任を持ったら、最低でも1年は担任を持たずに「休み」を入れます　しかし、近隣のある県では、担任は必ずしも持ち上がりではなく、しかも担任を持たない年というのはないそうです。で、50歳くらいになると担任稼業はお役御免となり、主任や管理職となっていくと。　かと思えば。　近隣の私立高校は驚くほど県立高校と雰囲気が似ています。聞けば教員の給与は県の教員と完全に同一だそうで。(だから公務員の給与カットはとても困るということらしいです。)　学校の状況ってのは、十人十色ならぬ「十校十色」です。</description>
<dc:subject>リテラシー（読解力）</dc:subject>
<dc:creator>shira</dc:creator>
<dc:date>2012-03-08T21:22:08+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
　ブログを始めて良かったな、と思うことはいくつもありますが、その中に「同じ学校でもこうも違うものか」ということがわかったというのがあります。<div><br /><div>　一口に学校と言っても、小学校と中学と高校と大学は全然違う。</div><div>　同じ高校であっても、私立と公立はかなり違う。</div><div>　同じ公立高校であっても、都道府県によって様子が全然違う。</div><div>　同じ都道府県の同じ公立高校でも、立地条件や生徒の違い(学力・運動能力その他)によってまるで違う。</div><div>　同一の学校内でも、担当する教科や部署が違うと、仕事の様子がまた違う。</div><div>　かと思えば、全然違う土地の全然違う学校同士が、すごく似ていたりもする。</div><div>　自校の常識は他校の非常識。所変われば品変わる。</div><div><br /></div><div>　私の現任校には、職員室という部屋はありません。</div><div>　それぞれ教科ごとに「研究室」という部屋があり、職員はそこにいます。私は「英語研究室」常駐です。</div><div>　ところが、同じ県の公立高校であっても、職員室がある学校もあります。</div><div>　同じ県内でも、小学校と中学校はだいたい職員室があって、そこにほぼ全員の先生がいます。(芸術や技術家庭や体育など実技系の先生は別部屋)。</div><div><br /></div><div>　私はただいま1年生の担任をやっています。</div><div>　私の地元では、担任というのは3年間持ち上がりで、一度担任を持ったら、最低でも1年は担任を持たずに「休み」を入れます</div><div>　しかし、近隣のある県では、担任は必ずしも持ち上がりではなく、しかも担任を持たない年というのはないそうです。で、50歳くらいになると担任稼業はお役御免となり、主任や管理職となっていくと。</div><div><br /></div><div>　かと思えば。</div><div>　近隣の私立高校は驚くほど県立高校と雰囲気が似ています。聞けば教員の給与は県の教員と完全に同一だそうで。(だから公務員の給与カットはとても困るということらしいです。)</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　学校の状況ってのは、十人十色ならぬ「<strong>十校十色</strong>」です。</div><div><br /></div><div><br /></div></div><a name="more"></a>　教育評論家とか、教育学者という人は、(マトモであれば)数多くの学校に足を運び、数多くの事例を調べた上でいろいろな研究発表や意見表明をしています。だから一応、教育全体を語ることができる。<div>　どこぞの市長が「学者は現場を知らない」とほざいているようですけど、マトモな教育学者は現場の先生以上に現場のことを知ってます。少なくともタレント弁護士よりは知ってます。</div><div><br /></div><div>　それはともかく。</div><div>　いろんな現場を知っているのは、そういう一部のプロだけ。</div><div>　<strong>現場の教員は、自分が経験した現場しか知らない</strong>んです。もちろん私もしかり。</div><div>　教育行政に関わった人なら一介の教員よりは広く知識があるでしょうけど、それでもやっぱり全国通津浦々のことは知らない。理解の中心は地元。</div><div><br /></div><div>　ましてや、一般の人は、自分が生徒として通った学校での経験と、自分の子どもが通った学校でのPTA会員としての経験しかありません。他の情報はマスメディアを通じて仕入れた不完全なものだけです。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　教育ブログの書き手の多くは、プロの教育評論家でも教育学者でもありません。現場の教員か、市井の人間です。</div><div>　よほど意欲的に研究をしているのでもない限り、教育全体のことを語れるような土壌は持ち合わせていません。どうしても限定的な話しか書けない。</div><div><br /></div><div>　これは非難ではありません。むしろそれをきちんと受け止めるのが、いい意見を語るコツです。</div><div><br /></div><div>　自分には限定的なことしか語れない、と認識している人のブログは、示唆的で読む気にさせてくれます。</div><div>　逆に、限定的なことしか語れない立場なのに、大風呂敷を広げて「教育とは・・・でなければならない」みたいな話をしてしまい、気に入らないものをバッサバッサをぶった斬るような姿勢のブログは、実にアホくさいものです。(ただし、見出しも内容も刺激的なのでアクセスは多い。)</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　教育ブログを読むときは、書き手の姿勢をチェックしてみると面白いです。</div><div>　「こんなことをやっている教員はクズだ」</div><div>　「教育とはこういうものだ、それがわからないようなヤツは教師失格だ」</div><div>　「こんなことを書いているような人間にマトモな教育ができるはずはない」</div><div>　てな風に、いかにも自分には教育の全体が見えているかのように断罪してくる書き手のブログは、読んでいてほぼ示唆がありません。読むだけムダ。</div><div>　十校十色なんですから。そんな大所高所から語れるほど、学校教育ってテーマは易しくないですよ。</div><div><br /></div><div>　一方、</div><div>　「私にはわからないことがたくさんある」</div><div>　「私は教育すべてを語れるほど偉くない」</div><div>　「私にはせいぜいこのくらいのことしか言えない」</div><div>　「私はまだまだ未熟で、やるべきことがたくさんある」</div><div>　こういう謙虚な姿勢で書かれているブログが、実は一番説得力があります。</div><div>　十校十色なんですからね。どうしたって物言いは謙虚にならざるを得ないです。</div><div><br /></div><div>　</div><div>　</div><div><br /></div><div>　</div><div><br /></div><div>　</div><div><br /></div><div>　</div>
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</item>
<item rdf:about="http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-03-01">
<title>ssh513　文は人なり、とも限らない〜教育ブログの読み方(3)</title>
<link>http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-03-01</link>
<description>　世の中には、ものすごく話の上手な人がいます。　例えば、聴いてて目はうるうる、今すぐ言われた通りに実行してみたくなっちゃうというような講演の名人。　それほどでなくても、身の周りには、わりと話の上手な人はいます。　仕事の話、家族の話、人付き合いの話、人生訓その他いろいろ、感心させてくれるような話をする人はけっこういます。　私も駆け出しのころ、ベテラン教員のそういう話を聞いて「わあ、すごいなあ。オレもこういう先生になれるかなあ。」と感じ入ったことがあります。何度もあります。　ところが。　そういう先輩教員が、必ずしも本当に敬愛すべき方というわけでもありませんでした。　言っちゃ悪いが、実は口だけというベテランも。　で、逆もいました。ひどく口ベタで、ほとんど有効なアドバイスはもらえないのに、実践は素晴らしいという先生。　話と実践は、無関係でもないけど、イコールでもないものです。</description>
<dc:subject>リテラシー（読解力）</dc:subject>
<dc:creator>shira</dc:creator>
<dc:date>2012-03-05T22:05:56+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
　世の中には、ものすごく話の上手な人がいます。<div>　例えば、聴いてて目はうるうる、今すぐ言われた通りに実行してみたくなっちゃうというような講演の名人。</div><div><br /></div><div><div>　それほどでなくても、身の周りには、わりと話の上手な人はいます。</div><div>　仕事の話、家族の話、人付き合いの話、人生訓その他いろいろ、感心させてくれるような話をする人はけっこういます。</div><div>　私も駆け出しのころ、ベテラン教員のそういう話を聞いて「わあ、すごいなあ。オレもこういう先生になれるかなあ。」と感じ入ったことがあります。何度もあります。</div><div><br /></div><div>　ところが。</div><div>　そういう先輩教員が、必ずしも本当に敬愛すべき方というわけでもありませんでした。</div><div>　言っちゃ悪いが、実は口だけというベテランも。</div><div>　で、逆もいました。ひどく口ベタで、ほとんど有効なアドバイスはもらえないのに、実践は素晴らしいという先生。</div><div><br /></div><div>　話と実践は、無関係でもないけど、イコールでもないものです。</div><div><br /></div><div><br /></div></div><a name="more"></a>　私は評論文を読むのが好きです。文芸評論、政治評論、芸術評論、自動車評論、その他いろいろ読みます。<div>　ところが。文芸評論は読むけれど、文芸そのものにはほぼ興味がありません。というか、はっきり言って小説って全然読まない。</div><div>　なのに、小説を取り上げた評論を読むのは好きなんです。なぜか。</div><div>　評論そのものが面白いからです。</div><div>　評論と、評論される対象は、独立しているんです。</div><div><br /></div><div>　私はクルマ好きなので自動車評論もよく読みます。自動車雑誌を読んでいると「クルマ買うの？」とよく聞かれますけど、そんなつもりで読んでるわけじゃないです。しかしここでも読み物として楽しんでいるだけです。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　評論とその対象の関係を、ある個人の話すこととやること、つまり話と実践に置き換えてみることはできないでしょうか。</div><div>　話というのは、それそのものが独立した一種のエンターテインメントのようなもの。</div><div>　話の面白さは、もちろんネタによるところも大きいけれど、それだけではない。話術や話芸や、繰り返し語る中で練られた成果(努力の成果？)など、技術による部分も大きい。面白い話のネタが、話の面白さほどでもないということもある。</div><div>　いい話をする人は、話が上手なのであって、話のネタとなっている実践そのものが「いい」とは限らない。必ずしもその人の実践の優秀さを担保しない。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　同様なことが、文章を書くことにも言えるはずです。</div><div>　メディアに出る記事でも、教育行政に提出するレポートでも、生徒保護者向けの通信でも、そしてブログでも、そこに示される文章の評価は、あくまでその文章そのものの評価。</div><div>　最高の実践報告レポートを提出した教員が、最高の実践をしているとは言い切れない。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　文は人なり、という言い方があります。</div><div>　私は、これは文を書く人間への戒めと理解しています。</div><div>　文は書き手の人格まで判断する材料にされてしまう怖いものである、だから文を書く者はゆめゆめ注意せよ。</div><div>　文は人なり、だからいい加減な気持ちでモノを書くな、と。</div><div><br /></div><div>　ただ。格言ってもののマズいのは、言葉が一人歩きすることです。</div><div>　文は人なり。いい文を書くのはいい人である。</div><div><br /></div><div>　違うでしょ。文だけで人は判断できませんよ。</div><div>　文は文なり、人は人なり。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　教育ブログにも、素晴らしい文章のものと、バカじゃねーのと怒りたくなるようなものがあります。</div><div>　でも。</div><div>　ブログが素晴らしいからといって、実践が素晴らしいとは限らない。</div><div>　バカみたいなブログの書き手が、バカみたいな実践をしているとも限らない。</div><div>　尊敬できるような思想の持ち主であっても、現場で全然ダメな先生もいる。</div><div>　偏見だらけで暴力的な人間であっても、現場で重要な役割を果たしている先生もいる。</div><div><br /></div><div>　生徒にとって、先生の思想とか価値観とかいうのは、実はどうでもいいものです。重要なのはアウトプット。</div><div>　誰よりも差別を嫌う先生であっても、生徒の差別行為に無力であれば無価値です。逆に、差別的な価値観を持っている先生でも、からかいやいじめに反応して怒ってくれる先生は生徒にとって価値があります。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　ブログは、しょせんブログです。</div><div>　ブログの良し悪しは、ブログの良し悪しとしてだけ評価すべきものでしょう。</div><div>　話は話、実践は実践です。</div><div><br /></div>
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</item>
<item rdf:about="http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-03-04">
<title>LHR58非公開化のお知らせ　</title>
<link>http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-03-04</link>
<description>　いつもスーパー小論文ハイスクールをご訪問いただき、ありがとうございます。　本ブログのRSS更新情報が届かないという連絡を複数の方からいただいたため、改めて調べてみたところ、2月11日に投稿した「LHR58　むべ山風を・・・」記事中に、Internet Explorerで無効とされる文字・記号が含まれていることがわかりました。　このトラブルは特殊記号を使用するとよく発生するようです。ところがLHR58には記号類は特に使われておりません。考えられるのは、百人一首の詠み人の名前か歌の中にIEにとって無効となる漢字が混じっているということです。　無効となる記号・文字が特定できれば、それを差し替えればいいのですが、何せこの記事は古文だらけですので、簡単には特定できそうにありません。　そういう訳で、当面の間、LHR58を非公開とすることにしました。コメントをいただいた皆様には、コメントもろとも非公開となってしまい、大変に申し分けありません。　うまいこと改善できたら、また公開させていただきます。</description>
<dc:subject>御挨拶</dc:subject>
<dc:creator>shira</dc:creator>
<dc:date>2012-03-04T15:10:55+09:00</dc:date>
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　いつもスーパー小論文ハイスクールをご訪問いただき、ありがとうございます。<div><br /></div><div>　本ブログのRSS更新情報が届かないという連絡を複数の方からいただいたため、改めて調べてみたところ、2月11日に投稿した「LHR58　むべ山風を・・・」記事中に、Internet Explorerで無効とされる文字・記号が含まれていることがわかりました。</div><div>　このトラブルは特殊記号を使用するとよく発生するようです。ところがLHR58には記号類は特に使われておりません。考えられるのは、百人一首の詠み人の名前か歌の中にIEにとって無効となる漢字が混じっているということです。</div><div>　無効となる記号・文字が特定できれば、それを差し替えればいいのですが、何せこの記事は古文だらけですので、簡単には特定できそうにありません。</div><div><br /></div><div>　そういう訳で、当面の間、LHR58を非公開とすることにしました。コメントをいただいた皆様には、コメントもろとも非公開となってしまい、大変に申し分けありません。</div><div>　うまいこと改善できたら、また公開させていただきます。</div><a name="more"></a>
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</item>
<item rdf:about="http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-02-27">
<title>ssh512　実践報告はレシピじゃない〜教育ブログの読み方(2)</title>
<link>http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-02-27</link>
<description>　私の嫁サンは、新しい料理に挑戦するとき、レシピに実に忠実です。材料も行程もレシピ通り。材料がなければ買いそろえるし、具材や調味料はきちんと計量します。　一方、私は昔からそーゆーのに無頓着。具材が高けりゃ、安い他の物で代用しますし、計量もたいてい目分量です。だから出来上がりも常に「もどき」です。　おおざっぱな0型人間を自認する嫁サンの方が、レシピに対しては生真面目と言うか忠実です。　さて、教育ブログの読み方のお話。　ssh511で書いたように、現場の教員や講師によるブログの多くは実践報告的なものです。　で、それらはたいてい、キレイゴト。より正確には、ネットで公開しても誰も傷つけないようなもの。すごくうまくいった例。ほほえましい事例。あまり重大じゃないような話。日常の些細なことに感激したというようなお話、などなど。　わがsshでも、ときどき生徒の実話を紹介していますけど、悲劇的な話や、私が思い出したくもないような失敗談は、一切アップしたことがありません。</description>
<dc:subject>リテラシー（読解力）</dc:subject>
<dc:creator>shira</dc:creator>
<dc:date>2012-02-28T20:46:02+09:00</dc:date>
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　私の嫁サンは、新しい料理に挑戦するとき、レシピに実に忠実です。材料も行程もレシピ通り。材料がなければ買いそろえるし、具材や調味料はきちんと計量します。<div><div><div><div><div>　一方、私は昔からそーゆーのに無頓着。具材が高けりゃ、安い他の物で代用しますし、計量もたいてい目分量です。だから出来上がりも常に「もどき」です。</div></div><div>　おおざっぱな0型人間を自認する嫁サンの方が、レシピに対しては生真面目と言うか忠実です。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　さて、教育ブログの読み方のお話。</div><div>　<a href="http://sshshouron.blog.so-net.ne.jp/2012-02-24">ssh511で書いたように</a>、現場の教員や講師によるブログの多くは実践報告的なものです。</div><div>　で、それらはたいてい、キレイゴト。より正確には、ネットで公開しても誰も傷つけないようなもの。すごくうまくいった例。ほほえましい事例。あまり重大じゃないような話。日常の些細なことに感激したというようなお話、などなど。</div></div></div><div>　わがsshでも、ときどき生徒の実話を紹介していますけど、悲劇的な話や、私が思い出したくもないような失敗談は、一切アップしたことがありません。</div><div><br /></div></div><a name="more"></a>　なにせネットの世界は、接続環境と機材されあれば誰でもアクセスできます。事情のわかっている人であれば、shiraがどこの何者で、記事に出てくる生徒がどこの誰なのか、すぐにわかってしまいます。<div><br /></div><div>　私が教員になりたての1980年代半ばは、教育報道の論調が変わり始めた頃でした。それまで「詰め込み教育批判」「管理教育批判」が主流だった各メディアが、少しずつ「学力低下批判」「甘やかし批判」にシフトしていました。</div><div>　転換期ゆえ、メディアの論調はイソップ物語のコウモリのように不安定でした。ある学校で生活指導の行き過ぎによるトラブルが発生すれば「管理が教育か」と批判され、別の学校で暴力事件が起きれば「学校は安全管理を怠った」と批判されました。</div><div>　現場の人間としては腹立たしいこと至極でした。しかし、反論はできませんでした。</div><div>　負けを認めたのではありません。</div><div>　学校側の正当性を主張しようとすれば、該当の生徒(場合によっては保護者)の問題点を明らかにせざるを得ない。</div><div>　学校はそれを嫌ったのです。</div><div><br /></div><div>　失敗例を伴う実践報告は、現場の人間だけを限定にした会(例えば教育研究集会＝教研など)なんかじゃないと、なかなか聞けません。</div><div>　だから、ブログでそれを求めてはいけません。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　実践報告記事には、キレイゴトばっかりという特徴の他に、もう一つの特徴があります。</div><div>　それは、イマイチ一般性に欠けるということ。</div><div><br /></div><div>　まあでも、これも仕方がないんです。</div><div>　一言で教育とか学校とか教師とか言いますけど、環境から何から千差万別です。</div><div>　小学校と中学校と高校と大学じゃ、仕事の内容が全然違います。同じ高校でも、都市部とイナカじゃ全然違うし、同じ地区でも公立と私立はまた違うし、同じ地区の同じ公立でも歴史や成り立ちや生徒のレベルによってこれまた全然違う。小中学校もしかり。</div><div>　現場の教員なれば、人事異動のたびに「学校が違うとずいぶんと違うもんだなあ」と思っているはずです。異動の範囲内ですら違うのだから、他の都道府県ではもう全然違う。</div><div>　何かとモメる卒業式の様子にしても、地区によってずいぶんと違います。</div><div><br /></div><div>　いや、同じ学校においてすら、学年が違うと様子が全然違うということもある。まったく同じ活動が、あるクラスではバッチリで、隣のクラスではまるで空振りということもある</div><div><br /></div><div>　他人がやってうまくいった実践例が自分にとって有効とは限りません。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　他人の実践例は、あくまで参考例として受け取るべきものです。</div><div>　教育実践はレシピじゃありません。同じようにやれば同じようなおいしい料理ができるわけじゃない。</div><div>　ましてや、他人の実践例にあれこれイチャモンつけても、せんないことです。「いつもそんなにうまく行くわけがない」と文句を言ったところで、お互いに得るものはありません。とにかくキレイゴト中心で一般性がないのだから、しゃーないです。</div><div><br /></div><div>　実践例は、「お、この部分は使えるかも知れないな」と、つまみ食いをするくらいの気楽さで接するのが上手な読み方でしょう。</div><div>　</div>
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