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ssh498 教育改革は必ず失敗する〜吉岡友治氏のブログより [教育問題]

 大阪府知事選と市長選のダブル選挙で完全勝利した橋下センセイとそのお友達。選挙前から打ち出していた「教育基本条例」の制定に大変意欲的であります。

 sshは以前より、この基本条例とやらは具体的な教育ビジョンが皆無で、ただ教育を政治の支配下に置く事だけを求めた腐れ条例と評価しております。
 この条例案を政財界が支持するのは当然であるとして、そうでない人たちからもそこそこ支持があるというのはなかなか興味深いです。
 もしかして、政治が教育を支配すれば、教育が改革されると思っているんでしょうかね。

◆◆
  私は、幸か不幸か子供がいないので、教育に関わっていながら、あまり教育を語ることに熱心になれない。というより、教育という営為はそもそも時間がかかり、非常に非効率なものなので、因果関係が明確に出ない。そのとき良いと思ったことでも、後から「何だかな」と感じることは少なくない。だから「こういう教育がよい」と、口角泡を飛ばして論じる人の気が知れないのだ。「あなた、何を根拠にそんなにの確信的に語るのですか?」って、つい聞き返したくなる。 
 実際、教育改革なんてだいたい失敗しているじゃないか? 直近の例では「ゆとり教育」。あれが始まった直後、公然と批判する人は少なかったと思う。「生きる力」とか「自分で考える力」だっけ? あれも反対は出来にくいスローガンだったと思う。でも、その結果はどうか?「学力低下が起こる」って、よってたかって非難しまくって、結局元に戻った。当初喧伝されていた「受験勉強批判」の高邁な理想はどこに行ったのかね?それと「教育再生会議」。ノーベル賞学者とか、熱血先生とか、水泳選手だとか、雑多な人々がよってたかって出した結論がお粗末だったのは記憶に新しい。 
 逆に、熱意を持った教師側が引っ張っていくスタイルの失敗もまた無惨に失敗している。有名な愛知管理教育がどういうものかは、もう30年も前に体験者が赤裸々に語っている。(内藤朝雄「〝熱中高校〟って何だ 愛知東郷高校で何がおこなわれているか」)体罰はし放題。校則は極限まで厳しくする。進学実績を上げるために、志望してもいない大学を受験させる。疑問を持った生徒が生徒会に立候補するのを妨害する。異分子はすぐ退学させる。 
 最近でも、愛知の某大企業が作った全寮制高校でガチガチの進学管理教育をやって、入学者が半減したとか。あるいは「教育再生会議」の某社長が理事長を務める高校でも、英検の不正事件が引き起こされた。事件後の対応が素晴らしい、なんてうがった意見もあるが、そもそも英検の成績を上げようと教師が不正の手伝いをする、という体質がおかしくはないか。結局、日本の企業家って「自由競争の精神」とか「次世代リーダー育成」とか、いろいろ口当たりの良いスローガンは出すけど、ほとんど日本の中に北朝鮮まがいの空間を作っているだけなのだ。どこが「自由経済」の旗手なのだろうか?。 
 かといって、生徒側の自主性を尊重しようとする左翼運動家の方法を取っても似たようなことが起こる。原武史は『滝山コミューン1974』の中で、日教組の全国生活指導協議会という団体の教師が、政治的手法で生徒の熱狂を煽り、結果的にどのように抑圧的な教育をしたか、克明に書いている。右でも左でも「理想の教育」を掲げる人間が、実際に教育を行うと、思想統制や洗脳に近いものとなってしまうのは、興味深い。 
 ここまで「理想の教育」の死屍累々たる様を見たら、外部の者が受け取るべき教訓は一つ。下手に外部から口を出してはいけない、ということではないだろうか? 効果が上がらなくても、進歩が遅々たるものに見えても、所詮人間の欲望や自然とは反する業務を行っているのだから、大目に見なくてはいけない。

 もう教育制度の議論は止めたらどうか、と思う。教育の実質は制度なんかで決まるものではない。教師と生徒/学生が顔をつきあわせて、個人対個人の間で思考のやりとりをするという中にしかないのだ。それを現場でやってみる。
 世の「教育制度改革」がだいたい失敗するのは、その具体的プロセスを無視して、結果を出そうとするからだ。だから英検の合格者数をあげようと不正をしたりする。だが、教育にはプロセスしかない。結果は後からついてくる。というより、結果を無視して熱中しなければ、結果は出ない。でないと、目的が自己の利益に偏り、徹底的に考える姿勢がなくなるからだ。自分の利益すら本当に大切なのか、と検討するのが、正当な理性の働きだ。
(「吉岡友治の三日坊主日記」2011.12.29. 一部割愛してあります)◆◆

 教育改革を叫ぶみなさまに質問です。
 我が国で成功した教育改革の例を1つ、挙げて頂けませんか?1つで結構です。
 挙げられないでしょ。だって、ないもの。
 特に政治主導による教育改革は、全滅です
 
 だからここで予言しちゃいましょう。
 大阪の教育カイカクは、必ず失敗します。
 死屍累々(@吉岡ブログ)にまた一つ、新たな屍が加わる事になるでしょう。


 問題は、失敗の仕方。考えられるのは、
 1 カイカクが断行され、壊滅的な状況になる。
 2 カイカクは中途半端に終わり、修復可能なくらいに壊れて終わる。
 3 カイカクそのものが実行されずに終わる。


 1の壊滅的な結果というのは、橋下一派の改革がほぼ忠実に実行された場合。吉岡ブログだと「愛知の管理教育」や「日教組の全国生活指導協議会」の例のように、カイカクが突っ走った場合。
 大阪の公教育は壊れます。
 多くの教員はやる気を失い、少数の教員はブチ切れて辞め、あとの残りはひたすら保身に執着する。抑圧された人間がより弱い人間を抑圧するのは社会の常、生徒は条例案以上に抑圧されるでしょう。
 とは言え、橋下支持派はその「破壊」を期待して投票しているのですね。閉塞感のある停滞よりは混乱しても破壊して欲しい。どーせ教員も公務員、みんなやっつけちまえと。
 支持者もご本人たちも、壊した後にどんな教育を行うのかについては、ぜーんぜん興味がないんですよ。教育基本条例に具体的な教育内容がまったく書かれていないのが証左です。
 壊せるだけ壊して途方に暮れるという、一番凄惨な失敗パターンです。これだけはぜひ避けて欲しいところです。

 2は「ゆとり教育」や「愛知県の某大企業」の学校のように、カイカクが徹底する前にほころびが目立って方針転換せざるを得なくなるパターン。恐らく歴史上最もよくあるパターンでしょう。
 私の県でも高校の特色学科(理数科・体育科・英語科・総合学科など)設置というカイカクが15〜20年ほど前に始まりました。が、結果は中途半端で、一部の条件のよい学校以外では定員割れが起きたり学科の最改編が検討されたりしています。
 このパターンになり得るもう一つの要素は、橋下センセイが国政に打って出る可能性。
 何しろ既成政党連合軍(公明党を除く)との一騎打ちで勝った人です。こんな集票力のある人物を、権力欲の塊の中央政界のセンセイ方が放っておくとは思えません。そうなれば大阪のカイカクはそこでかなりトーンダウンすることが予想されます。

 3は「教育再生会議」と同じケース。カイカクがほとんど何もできずに終わるというパターンです。
 私の地元でも10年ほど前に県(つまり知事)が一方的に県立高校の統廃合プランを公表しました。そこには具体的にどの高校を廃校にし、どことどこを統合するかが明確に書かれていました。都会なら私学もたくさんあるし通学も不便じゃないから何とかなるでしょうけど、イナカの人にとって地域の県立高校ってのは地域の共有財産なんです。結局この統廃合プランは知事が直後の選挙で落選することでストップがかかり、時間をかけてじっくりと準備検討が進められ現在に至っています。
 そもそも橋下センセイは教育内容そのものに関心が薄いんで(ssh468参照)このパターンを最も期待したいところなんですけど、子分がモロに府知事になっちゃったから、親分にいい顔するために破壊活動に精を出す可能性はありますね。


 しっかしまあ、3.11.の年の暮れに教育カイカクが話題になるなんて、一体どういう神経してるんでしょうか。

 教育が民意を反映していない、というのが維新の会の言い分のようですけど、何も政治に頼らなくても、教育に民意を反映するなら教育委員を公選すりゃいいんですよ。

◆◆
 教育は、政治から中立でなければなりません。なおかつ、教育は、民意を反映しなければいけません。だからどうするかというと、政治とは別に、教育のための自治組織を作ります。教育委員会というのは、その教育のためだけの自治組織なんです。発祥の地アメリカでは、教育委員は住民によって公選されます。民意に基づいて選ばれた教育委員ですから、知事や市長にも指揮されない。それによって、政治介入を防いでいます。
 日本では、1948年にアメリカ型の教育委員会制度ができました。ところがこの制度の意味も理解されないうちに、1956年に教育委員の公選制をやめました。そのときに、「民意を反映しない教育委員会」という不思議な組織ができたんです。だもので、教育にいろいろ問題があっても、とにかく対応がよろしくない。そこで、大阪府教育基本条例みたいに、権限を首長部局に移そうとする動きができてきます。
 しかし、大阪府教育基本条例は危険だと思います。こんどは、教育が政治から中立でなくなってしまいます。橋下ブームみたいなのに、教育が巻き込まれてはいけない。
 教育行政は、政治から中立で、なおかつ民意を反映していないといけないのです。どうしたらいいかというと、方法が二つあります。
 1 教育委員を公選制に戻す。 
 2 教育委員会を解体して、学校単位で自治組織を作る。学校ごとの協議会に校長任命権を渡す。
  どちらも外国に例があります。どちらでもいいのですが、教育というのは、親と学校のきめ細かい協力関係があるようにするのがいい。2の学校自治の方向に行くべきだと思っています。
(古山明男氏のブログ「変えよう!日本の学校システム」2011.12.21.より。一部割愛してあります。)◆◆



―追記―
 記事作成中に、大阪市教育長がこんな通達を出していることを知りました。情報源は「教育基本条例NO!」というブログ。
◆◆
 教委校(全)第83号 平成23年12月28日
 各 校園長 様 
教 育 長 
 民意、選挙、公選首長と公務員、行政と政治についての基本認識の徹底について 
 去る11月27日の大阪市長選挙の後、本市職員が報道各社からの取材を受ける機会が多数生じておりますが、その際の本市職員の不見識な発言について、市民から厳しいご意見を頂戴しているところです。 
 本市の政策方針は市民の総意によって選挙で選ばれた市長及び議会が各々その権限を行使することにより決定されるものであり、また、市長は本市を統括し、代表するものです。 公務員である以上、これらのことを十分理解しなければならず、これに反する軽率な行為は、社会通念上も極めて不見識と評価され、本市の信用失墜に繋がるものであることから、厳に慎まなければなりません。 
 ついては、軽率な意見の表明や行動により本市行政に対する市民の信頼を損なう事態を招くことのないよう万全を期すため、校園長におかれましては、教職員一人ひとりに対し周知徹底を図っていただくとともに、指導監督に一層努めていただきますよう要請します◆◆

 まさに「日本の中に北朝鮮まがいの空間を作っているだけ」ですな。
 ああ、大阪に幸あれ。

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ayu15

大阪は絶望的だわ・・(涙)
知事の肖像画か市長の肖像画掲げて生き残りましょうか。

個々の尊厳・個々のアイデンティティ・個々の人生守るためにはどう考えても画一的強制はやばすぎと思えます。いろんな生徒が存在できるにはいろんな教師がいてほしいです。

「こんな自分でもいていいんだ」て感じたいです。

なんか保守すべきもの規制緩和すべきものがずれているような?


共に暮らすにはhttp://life-ayu.blog.so-net.ne.jp/2012-01-03



by ayu15 (2012-01-05 16:19) 

HIROMI

なんでもやってみて、失敗してから反省するっていうのは、人間を育てるのには向かないやり方だとおもいますけれどねぇ…怖いですね。
by HIROMI (2012-01-06 21:20) 

shira

>ハマコウさん、niceありがとうございます。
>tommy88さん、niceありがとうございます。
>心如さん、niceありがとうございます。
>hmさん、niceありがとうございます。
>Ladybirdさん、niceありがとうございます。
>tyuuriさん、niceありがとうございます。
>あゆさん、コメントありがとうございます。
 反橋下派は「反独裁」を掲げて負けたわけですけど、この通達の「市長は本市を統括し、代表するものです」というくだりは「橋下センセイは偉大なる将軍様です」という意味以外に解釈するのはシンパの人以外には難しいでしょう。もし市教育長をそこまで考えて皮肉を込めて書いたのなら相当な文才です。
>HIROMIさん、nice&コメントありがとうございます。
 「やってみて失敗してから反省する」ことそのものは個人のレベルなら悪くないんですよ。でも国とか都道府県とか市町村のレベルでそれを軽々しくやられると「失敗」したときの被害が甚大です。それと何より、こういう政治の失敗は「民意に沿ってやったのだから」とか何とか言い逃れて反省もせず責任も取らずバイバーイというのが通例だから困るんですよ。そういうことはもうちょっと人生のベテランが若者に教育しておく必要があります。
by shira (2012-01-06 23:39) 

村野瀬玲奈

shiraさん、本年もよろしくお願いいたします。

さっそくですが、本当に、先の見通しを立てない「カイカク」に熱狂する人がなぜ多いのか、本当に不思議です。

しかも、素人が教育者というプロに一方的に文句をつける仕組みを作ろうと。親は確かに子どもを育てたことがあるわけだから子どものことについて何かを知ってはいるはずです。だけど、字が書ける人が全員書道の師範ではなく、ボールを投げられる人が全員砲丸投げの選手や野球のピッチャーでないように、そこには「専門性」というものがあるのですが、それが見事に軽視されていますね。

どうせなら、盛大に失敗しないと教訓を得ないのかもしれませんけど、そこまで失敗すると子どもがかわいそうです。ああ、どうしよう。

とりあえず、皮肉を込めて、教員が全教室に「知事の肖像画か市長の肖像画掲げて」自主的に毎朝敬礼をしてみれば橋下カイカクのバカらしさがわかる...といいのですけど。
by 村野瀬玲奈 (2012-01-08 22:00) 

shira

>bashy0322さん、niceありがとうございます。
>plainさん、niceありがとうございます。
>村野瀬さん、あけましておめでとうございます。こちらこそよろしくお願いします。
 結局、教育を外や上からいじくって成功した例は皆無なんですから、いい加減に観念して放っておいたらどうかしらと思うんですよ。気に入らないのなら自分が教育をやる。1990年くらいまでの企業には、人材教育は自分たちでやるから学校にはそんなに期待はしないという姿勢がありました。今、財界がやたらと教育に口を出してくるのは、人材教育のコストが惜しいので学校にアウトソーシングしたいんでしょう。
by shira (2012-01-09 18:49) 

bashy0322

出張先で大阪の私立高校潰しの実態を聞いてきましたよ。とんでもない話が横行しているようですね、大阪は・・・。
by bashy0322 (2012-01-09 18:50) 

ムッシュ

実に鋭い分析で、感動すらしました。
新年ゴレイ会で、某議員の所で聞いた話を思い出しました。
改革と称し、ぶち壊していくのは簡単。
でも、あとどう具体的に良くしていき、続けていくのか、これが難しい。
by ムッシュ (2012-01-09 19:12) 

Hirosuke

次なる論点は、
====================
そもそも、「民意」とは何か?
「ポピュリズム」と何が違うのか?
====================
といった所でしょうか。

それには、まず、
====================
「賛成多数=民意」ではない。
====================
から始めねばなりませぬが。

これ以上は頭が回りません。

by Hirosuke (2012-01-10 19:34) 

shira

>bashy0322さん、コメントありがとうございます。
 ああ、話題の大阪に出張だったんですね。やっぱ妙なことが進行しているんですね。そういう現場の人間として一番聞きたい情報がメディアでなかなか流れないのは困った事です。
>ムッシュさん、nice&コメントありがとうございます。
 そういえばssh481と482で使った産経クンの社説に「格差の解消は、曲がりなりにも機能しているシステムの破壊を叫ぶだけでは決して実現できない」という一文があります。私はこの一文は教育カイカクに対してこそ使うべきだと思います。日本の学校教育は曲がりなりどころか、この苦境でもかなりきちんと機能しています。これをいじり壊すのは相当に怖いことです。
>きりたんさん、niceありがとうございます。
>Hirosukeさん、nice&コメントありがとうございます。
 実は私は「民意」って言葉が好きじゃないんです。民意という言葉を使って私意を通そうとするヤカラが多いので。
 賛成多数=民意ではないというのはその通りです。それは少数意見の尊重ということですけど、どうもこの少数意見の尊重というのが、多数派が少数派に理解を示してあげるというか、お慈悲みたいに捉えられているフシがあるんじゃないでしょうか。
 少数意見を尊重する理由はいくつかありますが、私が最近考えているのは「多数がまだ気付いていないことに気付く少数がいる」ということです。少数意見は、まだ多くの人にはピンと来ないような新しくて重要な視点観点を持っている可能性がある。ちょうど天才の芸術が時の多数には理解できないように。だからとりあえず大切にしておいた方が後々利益があると思います。
by shira (2012-01-10 21:23) 

心如

 過去の教育改革がすべて失敗だったというのは事実なのかもしれません。でも、それが事実だとしたら、現行の教育制度は、過去の教育改革の失敗の結果が積み重なったものだということになります。
 これって、どうなのでしょうか… 教育現場は悪くなる一方で、ちっとも改善されてないという意味なのでしょうか?
 それでは、いま現在の教育制度は、子ども達にとって最悪の状況になっているということなのでしょうか?

 子ども達にとって、少しでも良い教育制度にしようという話に、なぜならないのか不思議でなりません。
by 心如 (2012-01-10 21:57) 

村野瀬玲奈

Hirosukeさんが、『「賛成多数=民意」ではない。』という言葉を出してくださったのでそれに便乗します。

日本は多数決崇拝、多数派崇拝というのが幅をきかしていると感じています。だからやらせタウンミーティングなどによる世論偽装が日本で行われるのではないでしょうか。多数派がいつも正しいわけではない、もっと言えば、すべての歴史や科学の進歩は、「多数派の誤った思い込みを崩した少数派から始まった」というところから日本では考えを始める必要があります。そんな思いを私も記事にしたことがあります...。

http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-1545.html
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-2890.html
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-683.html

shiraさんすみません、自分の記事の宣伝をしてしまいました。m(__)m
by 村野瀬玲奈 (2012-01-10 22:51) 

shira

>心如さん、コメントありがとうございます。
 いえ、そうではありません。教育現場を上や外から劇的に改善しようとした試みはすべて失敗したということです。これはつまり教育現場は上や外からの大改造はうまくいかないということです。現場は地道にこつこつ改善策を講じていくしか手はないし、実際にいい教育実践をしている学校は改革ではなく改善策が功奏しています。そうですね、トヨタ流の「カイゼン」を思い浮かべてもらうのが一番いいかもしれません。
 ただ、教育現場は確かに悪くなる一方ではあるんですよ。その理由は改革の停滞によるものではなく、いらんカイカクによっていじり壊されているからです。教育現場をよくすると言えそうな施策は教育予算の拡充(人員や施設の充実)ですが、これは今の世の中ぜーったいにやらないでしょう。だったらせめて放っておいてくれというのが現場屋のホンネです。

by shira (2012-01-10 22:54) 

shira

>村野瀬さん、再コメありがとうございます。
 少数意見の尊重については、私と意見がけっこう合ってそうで嬉しいです。なお内田樹は、多数派は自分の意見に責任を持たないので信用できないとしています。多数意見がトラブルを起こした時、多数派は「みんながそう言っていたのだから、何も自分だけが悪いわけじゃない」と免責に走れると。一方、少数意見はリスクを冒して自分の責任において発言するしかない。だから少数意見には価値があると。
by shira (2012-01-10 23:01) 

ayu15

盛り上がってるので?再コメントすみません。
共に生きるには?http://life-ayu.blog.so-net.ne.jp/2012-01-03
多数決で決めていては共同生活はできません。
自己中も自己犠牲求めるのも。


 人間関係トレーニングがあるんですがその団体(世界規模のボランティア)によると

企業が気がつき始めて社長から「講習に来てくれ」と依頼が来るそうです。

一言でいうと某知事・某市長・某「右翼思考」のネット世論はうちの知る範囲その逆を行っています。

競争に生き残り、どこかみたいにならず健全でいるためには少数派がいられる、意見言える環境がいるそうです。
パワハラ対策にも有効だそうです。


by ayu15 (2012-01-11 11:50) 

きゅんぱち

 shira 先生のアグレッシブな論調に大いなる好感が持てますね。
 全般的な流れを掌握すれば後の詳細は専門の現場に任せればいいものを、何を無駄な税金かけながらやってんだか、と。
 話がズレますけども、ハシゲさん(橋下センセのこと・笑)は選挙戦中の発言の中に
「地下鉄は民営化すれば安くなる」
というような趣旨の発言をしたわけですが、これには鉄ヲタ的に笑ってしまいました。
 大阪市営地下鉄の運賃が高いのは横浜市内の市営・みなとみらいを含めた地下鉄と同様で、軟弱地盤で建設費が嵩んだことの影響によるものであることは否定できない事実です。
 ハシゲさん、交通局職員の高賃金をアピールしたかったのかもしれませんが、人件費比率9割のバス事業と違いまして地下鉄事業は固定資産が莫大な上に資本費負担のウェートが高く、賃金の抑制が運賃を下げる可能性はほぼありえないワケです。
 なんともねぇ…、なんでこういう本質的なところを押さえていないんでしょうかね、彼は(苦笑)。
 というわけで残念ながら、大阪の維新ブームは成果を生まない一過性のものとなる可能性が高いだろう、というのがワタクシの見解です。
ま、全編青春映画を画で描いたようなパフォーマンスの某千葉県知事よりは多少なりとも威勢があるかもしれないですが、ハシゲさん、もう少しコンセンサスを得る時間的ゆとりを持って議論を熟成させないと、単なる政界の瞬間湯沸かし器に終わるかもしれないでしょうな(大苦笑)。
by きゅんぱち (2012-01-24 11:10) 

shira

>あゆさん、再コメありがとうございます。
 内田樹の受け売りですが、多数派に従うことの危険は「誰も責任を取らない」ことです。つまり「みんながそう言っていたから」ということで、特定の一人=わたし自身に責任を追求されてもヘンじゃないかということで、主役を含めた全員が逃げてしまうわけです。少数意見の尊重というのは、少数意見を言う人間は自分が責任を負うことを覚悟して発言しているから、それだけ真剣に考えているはずで、そういう意見は傾聴に値するということです。
>きゅんぱちさん、nice&コメントありがとうございます。
 橋下不正じゃなくて府政での大阪府の財政は、借入金を増やすことで見かけ上だけ収支を良くしたというのが実態らしいです。
 ただ、彼の得意技は、相手にゆっくり考えるヒマを与えずに矢継ぎ早にあれこれ言ったりやったりすることですから、府政の評価が固まらないうちに市政に転身したように、市政でもとっとと次のステージ=国政に進出するんじゃないでしょうかね。まさにTVを見ているようです。
by shira (2012-01-29 21:55) 

ayu15

ちょい脱線するんですが
面白い意見なので


映画監督・森達也が語る"日本人の同調性"
ニコニコニュース(オリジナル):2012年2月16日(木)23時17分配信
以下記事より
同調性が高い気質を持つ羊だけを放牧すると、足元の草を食べ切っても、群全体が移動しない限り同じ牧草地に留まってしまうが、動き回る習性があるヤギを羊の群れに放すと、羊もつられて新しい牧草地を点々とすることが可能になる。
以上


独裁?ヤギさんについていくひつじさんばかりにしてはねえ・・・。

もちろん全員やぎも困りますが・・。少数派が存在できる(仲間外れにされない)健全な社会の要件かも。
by ayu15 (2012-02-18 21:31) 

shira

>あゆさん、再々コメありがとうございます。
 今日の高1生の英語授業で There is strength in diversity. (多様性には強さがある)という文章が出てきました。同質集団は平時には統一行動を取るので効率が高く優れているが、それゆえ有事には弱く全滅しやすいというのが定説です。もし橋下センセイはじめカイカク好きのみなさんが、今が本当に乱世というか厳しい世の中なのだと認識していれば、なるべく多様な人材を用意して最悪の事態を防ぐことを考えるはずです。それがないのは、まあ結局は権力欲最優先ということなんでしょう。
by shira (2012-02-21 22:31) 

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意識(life---生まれてきて良かったと感じられる社会に 2012-01-13 14:20)

 千葉・流山市で97年5月の殺人事件で、現場に残された犯人のものとされる遺留物と別の事件で服役中の人のDNA型が一致したことがわかった。この事件では、被害者親族ら3人が殺人などの疑いで逮捕されたが、不起訴処分となっている。被害者の親は日本テレビの取材に対し、「絶対許せない」などと警察への…[続く]

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