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ssh503 総閲覧数900,000件のお礼 [御挨拶]

 このたび、総閲覧数が90万件となりました。たくさんのご訪問、本当にありがとうございます。

 ここのところ、節目のご挨拶は私の昔話が続いております。
 ssh366の50万件は、高校時代の恩師のおかげで、にわかにマジメに勉強し始めたお話。
 ssh409の60万件は、極めて不純な動機で頑張った大学受験のお話。
 ssh440の70万件は、念願の第一志望大学に進んでからの自堕落な大学時代のお話。
 ssh466の80万件は、中学時代の音楽の先生に勧められて始めた合唱のお話。

 さて、90万件の今回ですが、就職活動のお話を書きたいと思います。
 今やすっかり難行苦行となった、あのシューカツです。


 私が大学に入学したのは1981年の4月。バブル経済の序章のころです。
 1960年代の高度成長がオイルショックで終わり、その後、円高(つーても1ドル200円台)という輸出産業への逆風もありながら、それらをしぶとく耐え抜いた日本経済は、80年代に再び目覚ましい成長を始めます。
 自動車産業はついにアメリカを越え、販売台数の自主規制、すなわち日本が手加減してあげることによってアメリカとの貿易摩擦を軽減するというところまで来ました。(これ、中学の公民の教科書にも載ってます)
 その他の分野でも、何かとトラブルの多かった欧米企業に対し、ひたすらカイゼンを続けてきた日本企業はついに優位に立ちます。
 1945年の敗戦の記憶が残る人々にとって、経済力でアメリカ初め旧連合国側各国を下に見られる立場に立ったことは、痛快であったはずです。日本は浮かれていました。
 好況は、不動産価格を押し上げます。土地も建物もすごい勢いで値上がりします。特に都市部はマンションが億単位になり(万ションじゃなくて億ションなんて言われました)、不動産取引であぶく銭が動きました。あぶく銭を手にした人はもちろん散財します。不動産に手が出ない人はというと、どーせ家土地は買えないのだからと、それ以外のもの=クルマや飲食や旅行やオンナへの貢ぎ物に散財しました。
 好況ですから、就職事情は売り手市場。大学生の就職活動は実にeasy jobでした。内定が3ケタなんて人もいたくらい。

 そんな上り調子の世の中だというのに、私は就職浪人をしています。それも2回も。





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ssh502 社説の読み方〜君が代訴訟最高裁判決編 [社説の読み方]

 学校現場の日々のどんな教育活動をも差し置いて、チョー強力な話題となる約1時間の行事。それが卒業式。
 話題の中心は学校でも生徒でも保護者でも来賓でもなく、40秒弱の国歌斉唱。この40秒間の行動だけで処分までされてしまうのが日本のピョンヤン、東京都
 1月16日に最高裁で、その東京都の処分に関する判決が出ました。内容はご存知の通り、戒告は妥当だが、減給や停職などの重い処分はやり過ぎ。

 この件については、珍しく日経クンまで社説展開してくれました。ssh的には大変ありがたい展開です。では社説の読み方と行きましょう。まずは朝日クン。

◆◆君が代判決―行き過ぎ処分に歯止め
 卒業式や入学式のシーズンを前に、最高裁から注目すべき判決が言い渡された。
 「式では日の丸に向かって立ち、君が代を歌うように」。そんな校長命令に従わなかった東京都の教職員への処分が、妥当かどうかが争われた裁判だ。
 結論はこうだった。
 規律や秩序を保つために、戒告処分はやむをえない。それをこえて減給や停職とするには、慎重な考慮が必要だ。式典を妨害したなどの事情がないのに、命令違反をくり返したというだけで、こうした重い処分を科すのは違法である――。
 日の丸・君が代は戦前の軍国主義と深い関係があり、その評価は一人ひとりの歴史観や世界観に結びつく。
 最高裁は、昨年の判決で「起立や斉唱を命じても、憲法が保障する思想・良心の自由に反しないが、間接的な制約となる面がある」と述べ、学校側に抑制的な対応を求めた。今回の判決はその延長線上にある。
 私たちは、日の丸を掲げ、君が代を歌うことに反対しない。だが処分してまで強制するのは行きすぎだと唱えてきた。
 その意味で、戒告が認められたことへの疑問は残るが、最高裁が減給・停職という重大な不利益処分に歯止めをかけたことは、大きな意義がある。
 教育行政にかかわる人、なかでも橋下徹大阪市長が率いる大阪維新の会のメンバーは、判決をじっくり読んでほしい。
 維新の会は大阪府と大阪市で「命令に2度違反で停職」「研修を受けたうえで3度目の違反をしたら免職」という条例の制定を打ち出していた。
 違反に至った背景や個別の事情には目を向けず、機械的に処分を重くしていくもので、今回の判決の趣旨に照らして違法になるのは明らかだ。
 さすがに橋下市長と松井一郎知事は見直す考えを示した。だがそれは、停職処分とする前にも研修の機会を設けるという案で、問題の本質を理解した対応とはとても言えない。
 選挙で圧勝した2人には、民意の支持という自信があるのだろう。もちろん民意は大切だ。
 しかし、精神の自由に関する問題を、多数派の意向や思惑で押しきってはならない。それは歴史の教訓であり、近代民主主義を支える精神である。
 自分とは異なる意見の存在を受け止め、心の内にはむやみに踏み込まない。そうした寛容な土壌のうえに、しなやかで、実は力強い社会が生まれる。
 判決の根底に流れるこの考えをしっかりと受け止めたい。◆◆

 朝日クンは一貫して、国旗国歌そのものは否定しないが、教育現場への強制は反対というスタンスです。これは教職員組合の主張と一致しています(日教組が国旗国歌を否定していると怒る人がいますけど、それは間違いです。彼らの主張は朝日クンとぴったり同じ)。
 ということで、朝日クンは減給・停職に歯止めをかけたことを高く評価しています。一方、戒告をOKとしたのは疑問が残ると。これは朝日クンのスタンスからすればごく自然なレスポンスですね。大阪の状況に触れているのも、タイミングからして当然でしょう。
 というわけで、ほとんど予想通りの社説です。


 お次は、この件では常に朝日クンと対極の読売クン。


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ssh501 頭の「だろう運転」「かもしれない運転」そして「に決まってる運転」 [考える力を鍛える]

―1月21日付 追記あり―

 運転免許を持っている人なら「だろう運転」と「かもしれない運転」という言葉を学科教習で聞いた事があると思います。
 つーても、高校生は知らないですよね。
 「だろう運転」というのは、「歩行者はいないだろう」「一旦停止側のクルマは止まるだろう」「赤信号で突っ込んでくるクルマなんかないだろう」などなど、危険なことは起きないだろうと考えながら運転すること。都合のいいことをアテにする姿勢と言いますか。万一の際、こちらにあまり落ち度はなくても、事故になりやすい。教習所ではこれは非常に危険な行為として戒められます。
 まあ実際、路上ではいろんなことが起きますからね。赤信号になってから2〜3台クルマが突っ込んでくることだってある。一旦停止の標識を見落としたドライバーに横っ腹から衝突された経験が私にはあります。

 一方、「かもしれない運転」というのは「だろう運転」の反対で、常に危険な出来事が起きるかもしれないと考えながら運転すること。「赤信号でも突っ込んでくるクルマがあるかもしれない」「この先に歩行者がいるかもしれない」など。都合の悪い事を警戒する姿勢です。そうすればその事態に備えた準備をするため、これだと万一の時でもかなり事故を回避できる。こちらは安全運転の心構えとして推奨されます。


 この「だろう運転」「かもしれない運転」は、ものを考える時に、そのまま応用できます。
 頭の「だろう運転」は事故の元。
 「かもしれない運転」こそ、ものを考える正しい方向性です。

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ssh500 本番は狙い通りには行かない [教科学習]

 今を去る事30年前、センター試験のご先祖様にあたる国立大学共通一次試験なるものを、私は受験しました。

 当時はリサーチシステムはもちろんなく、業者の模試も今ほどは普及していませんでした。共通一次試験でどのくらいの点数を取ればいいのか(つまりボーダーライン)は、かなり大雑把な予想の世界で、予備校や高校の先生たちの経験とカンの方がアテになるという感じでした。

 そうは言っても、目標点がなけりゃ頑張れません。
 18歳の私は、手に入るいくつかの情報から志望校のボーダーを調べ、目標点を1000点満点の810点としました。これだけあれば出願はできるだろうと。

 この810点は、実はかなり細かく科目毎の目標点まで計算して出したものです。
 すなわち、国語は割と取れそうなので165点、数学は苦手なので140点、英語は得意だから180点、社会科は苦手だけとがんばって2科目で155点、理科は物理も化学も割と得意なので2科目で170点と。

 ところが。この皮算用は、あんまり当たりませんでした。社会と理科が誤算。特に社会は、問題を見た瞬間に「ヤバい・・・」という感じ。
 何を隠そう、私は文系にクセに社会科が昔っから一番苦手なのです。地理も歴史も全然ダメ。高校時代にそれでも頑張ったのは、敬愛する担任の先生が社会科の担当だったから。だから定期テストは結構頑張って点数を取っていたんですが、やっぱ本当の力はなかった。日本史も世界史も6割も取れず、目の前が真っ暗になりました。
 理科も完全に誤算。化学はよかったんだけど、得意の物理がひどく難しくて難渋、目標点を大きく下回りました。

 それでも何とか志望校に合格できたのは、もっとも苦手だった数学がえらくできたから。というか、この年の数学はかなり問題がラクだったんですね。私の得点は何と190点。全科目で最高でした。友人には満点がいっぱいいました。


 以上は自慢話でも恥ずかしい話でもありません。
 要は、「本番は何が起きるか分からない」ということです。

 得意科目でコケるかもしれないし、苦手科目で取れるかもしれない。
 完全にコケたと思っていたら、全体の平均が低くて大丈夫だったりする。
 大コケしたと思った科目が、得点調整で修正されたりもする。
 センターがダメだと思っていたら、2次試験の競争率が低かったりすることもある。

 とにかく。本番はやってみないとわからないんです。
 本番は、狙い通りには行きません。


 私がかつて担任をしたクラスには、英語がべらぼうにできる生徒が3人いました。英検でいうと準1級以上のレベル。
 で、彼女たち(全員女生徒)に私が言ったのは「満点なんか狙うな」。
 満点が取れるかどうかは、問題の内容にもよります。変に力むといいことありません。
 実際、その年のセンターはひねった問題があって、平均も低かった。3人とも95%くらい取りましたけど、満点は取れませんでした。もちろん進路は決めましたが。


 もし、この記事を受験生が読むとすれば、センター初日が終わったときか、それ以降でしょう。
 受験生のほぼ全ては、狙い通りの点数は取れていないはずです。目標は高いですから。
 でも、そんなもんです。

 問題は、その先。ここから、どうするか。
 それに対してだけを考える事です。目標点に達したかどうかなんて、終わってしまえばどうでもいいことです。


 前に向かって、頑張れ、受験生。

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ssh499 過去10年で一番早いセンター試験 [教科学習]

 今年もまた、センター試験間近になりました。
 2012年度センター試験は今週末。1月14・15日です。
 センター試験は「1月13日以降の最も早い土曜日とその翌日」と定められていますから、今年のセンターは取り決められた日程の中でも最も早い部類です。

 受験生にとって、この日程は恨めしいでしょうね。センターまでの残り日数が少ないですから。
 でもね。
 残り日数は、全受験生にとって同じです。
 それに、センターが早く行われるという事は、センターが早く終わるということです。
 私大入試や国公立2次の対策に使える時間は、これまでの年度よりもたくさん取れます。
 何よりも、自己採点から国公立出願までの時間が取れる。これはありがたいことです。

 一つ不利なことがあるということは、何か一つ、別の利点があるということです。
 残り日数を勘定してため息をついたってしょーがない。

 この時期のsshからのアドバイスは、いつも同じです。
 ・体調を崩すようなムリはしてはいけない。受験はまず、会場に行って受験しなければ始まらない。
 ・開き直る。腹をくくる。覚悟を決める。
 ・ムリに平常心を持とうなどと思わなくて良い。緊張していても受験はできる。
 ・あと3日あれば、3日分の勉強ができる。3日はゼロではない。
 ・直前に勉強したことは本番までに絶対忘れない。直前の3日はこれまでの3日より価値がある。
 ・他人のデキとか出題のこととか、考えてもしょーがないことは考えない。目の前の学習にだけ集中する。
 ・センター試験の会場にライバルはいない。ライバルは同じ大学の同じ学部学科を同じ日程で受ける相手だけ。
 ・本番は結果オーライ。幸運でも偶然でも点数は点数。
 ・終わった科目のことは忘れて次の科目に気持ちを切り替える。どんなに反省しても点数は変わらない。
 ・願書は余計に取り寄せておく。自己採点後に慌てなくて済む。


 生まれて始めて受験する現役生は、きっと怖いでしょう。
 でも、浪人生だって怖いんです。浪人の方が「今年こそ」というプレッシャーがきついから。

 学力に不安のある人は、もちろん怖いでしょう。
 でも、学力に不安のまったくない人なんていないし、学力の高い人はそれに見合った高得点を取らねばならないという重圧があります。

 だから、やっぱり、みんな同じです。
 みんな同じだから「自分との闘い」なんです。


 さあ、いよいよ本番です。腹をくくりましょう。
 頑張れ、受験生。

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ssh498 教育改革は必ず失敗する〜吉岡友治氏のブログより [教育問題]

 大阪府知事選と市長選のダブル選挙で完全勝利した橋下センセイとそのお友達。選挙前から打ち出していた「教育基本条例」の制定に大変意欲的であります。

 sshは以前より、この基本条例とやらは具体的な教育ビジョンが皆無で、ただ教育を政治の支配下に置く事だけを求めた腐れ条例と評価しております。
 この条例案を政財界が支持するのは当然であるとして、そうでない人たちからもそこそこ支持があるというのはなかなか興味深いです。
 もしかして、政治が教育を支配すれば、教育が改革されると思っているんでしょうかね。

◆◆
  私は、幸か不幸か子供がいないので、教育に関わっていながら、あまり教育を語ることに熱心になれない。というより、教育という営為はそもそも時間がかかり、非常に非効率なものなので、因果関係が明確に出ない。そのとき良いと思ったことでも、後から「何だかな」と感じることは少なくない。だから「こういう教育がよい」と、口角泡を飛ばして論じる人の気が知れないのだ。「あなた、何を根拠にそんなにの確信的に語るのですか?」って、つい聞き返したくなる。 
 実際、教育改革なんてだいたい失敗しているじゃないか? 直近の例では「ゆとり教育」。あれが始まった直後、公然と批判する人は少なかったと思う。「生きる力」とか「自分で考える力」だっけ? あれも反対は出来にくいスローガンだったと思う。でも、その結果はどうか?「学力低下が起こる」って、よってたかって非難しまくって、結局元に戻った。当初喧伝されていた「受験勉強批判」の高邁な理想はどこに行ったのかね?それと「教育再生会議」。ノーベル賞学者とか、熱血先生とか、水泳選手だとか、雑多な人々がよってたかって出した結論がお粗末だったのは記憶に新しい。 
 逆に、熱意を持った教師側が引っ張っていくスタイルの失敗もまた無惨に失敗している。有名な愛知管理教育がどういうものかは、もう30年も前に体験者が赤裸々に語っている。(内藤朝雄「〝熱中高校〟って何だ 愛知東郷高校で何がおこなわれているか」)体罰はし放題。校則は極限まで厳しくする。進学実績を上げるために、志望してもいない大学を受験させる。疑問を持った生徒が生徒会に立候補するのを妨害する。異分子はすぐ退学させる。 
 最近でも、愛知の某大企業が作った全寮制高校でガチガチの進学管理教育をやって、入学者が半減したとか。あるいは「教育再生会議」の某社長が理事長を務める高校でも、英検の不正事件が引き起こされた。事件後の対応が素晴らしい、なんてうがった意見もあるが、そもそも英検の成績を上げようと教師が不正の手伝いをする、という体質がおかしくはないか。結局、日本の企業家って「自由競争の精神」とか「次世代リーダー育成」とか、いろいろ口当たりの良いスローガンは出すけど、ほとんど日本の中に北朝鮮まがいの空間を作っているだけなのだ。どこが「自由経済」の旗手なのだろうか?。 
 かといって、生徒側の自主性を尊重しようとする左翼運動家の方法を取っても似たようなことが起こる。原武史は『滝山コミューン1974』の中で、日教組の全国生活指導協議会という団体の教師が、政治的手法で生徒の熱狂を煽り、結果的にどのように抑圧的な教育をしたか、克明に書いている。右でも左でも「理想の教育」を掲げる人間が、実際に教育を行うと、思想統制や洗脳に近いものとなってしまうのは、興味深い。 
 ここまで「理想の教育」の死屍累々たる様を見たら、外部の者が受け取るべき教訓は一つ。下手に外部から口を出してはいけない、ということではないだろうか? 効果が上がらなくても、進歩が遅々たるものに見えても、所詮人間の欲望や自然とは反する業務を行っているのだから、大目に見なくてはいけない。

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ssh497 謹賀新年2012 [御挨拶]

 みなさま、新年あけましておめでとうございます。
 2012年の年賀のご挨拶も、やはり校長先生のご尊顔で。
DSCF0999b.jpg
 お正月も校長先生はおせち料理は召し上がりになりませんで、いつもと同じメニューでした。

 今年の年末年始は家事ばっかりしてました。というのも家族に風邪引きが続出しまして。当然お出かけはなし。家の中のことは主に私がやっておりました。まあ別段重労働ってほどのもんじゃないですし、私は出歩くのはそれほど好きじゃないので、これはこれでいい正月です。


 さて、2011年は今まで疑わしいけれど何となく「まあいいか」で済ませてきたいろいろなものが、実際にまったくダメであることが明らかになった年でした。2011年の漢字は「絆」じゃなくて「壊」か「嘘」にすべきだったでしょう。ざっと思いつくことだけ挙げてみても、
 ・原子力はやっぱり危ない。
 ・TVや新聞を信じちゃいけない。
 ・政権交代くらいでは、日本の行政はビクともしない。
 ・メディアによく出る学者や専門家はたいてい嘘つきである。
 ・日本で本当のことを知るのはとても難しい。ヘタすると中国より難しい。
 ・エスタブリッシュメント(支配層)はとことん既得権益にしがみつく。何人死のうと平気である。
 ・記者クラブは情報隠蔽に加担する。
 ・明治時代に作られた中央と地方の格差が、原発問題と米軍基地問題の根っ子にある。
  (戊辰戦争で一番ボコボコにやられた東北福島に日本初の原発ができた。)
 ・やっぱり日本はアメリカの属国だった。
などなど。



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ssh496 冬休みが難しい [教育問題]

 今年もあと2日ほどとなりました。毎年のことながら、年の瀬には気持ちの高揚する慌ただしさがあります。もちろんこんなことを言っていられるのは、私がたまたま年越し派遣村のお世話にならずに済む立場であるからですが。

 ところで。昭和天皇裕仁陛下が崩御した1989年、4月29日が「みどりの日」となり(のち「昭和の日」に改変)、新たに12月23日が「天皇誕生日」として休日になりました。さらに2000年にハッピーマンデー構想によって、「成人の日」が1月15日から1月の第2月曜日となりました。
 どちらもその意義にケチをつける気はありません。
 けど、これは学校関係者にかなり頭の痛い宿題を毎年与えることとなりました。
 冬休み=年末年始休業の日程が、ものすごく立てにくくなったんです。

 冬休みってのは、だいたい10〜14日くらい取るのが学校経営上はちょうどいいんです。
 つまり、12月の25〜27日くらいからスタートして、1月の5〜7日くらいに終わるのがいい。

 ところが。
 今上天皇明仁陛下の誕生日と、ハッピーマンデー成人の日は、このスケジュール編成にモロに干渉してきます。
 本年度の12月23日は金曜日。完全週休2日制の現在では、23〜25日は3連休です。
 一方、2012年の「成人の日」は1月9日の月曜日。よって学校は7〜9日が3連休です。
 すると。
 もし冬休みを12月26日から1月6日までの12日間とすると、実際には12月23日から1月9日までの18日間がすべてお休みとなってしまいます。子どもは嬉しいけど、学校運営上はちょっと長過ぎます。
 そうはさせじとすれば、どうなるか。
 12月に授業を入れるとすると、3連休明けの26日に入れることになります。でも、26日に入れると、3連休の後に1日だけ授業日を入れることになる。終業式の日は大体半日ですから、かなりバカバカしいお話になります。じゃあいっそと27日まで授業を入れるという手もあるにはありますが、ちょっと引っ張り過ぎな感じです。


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ssh495 国民的アイドルはガールズラブに市民権を与えるか [sex & gender]

 AKB48は「国民的アイドル」なんだそうで。
 確かに良く売れてますね。CDの売り上げも記録的らしい。中古市場へ流れる早さも記録的らしいですが。
 ウチでは私と長男と次男が「国民的アイドルに興味のないオレ達はさしずめ非国民だな」と話しております。

 にしても、2010年のベビーローション、じゃなくて「ヘビーローテーション」のビデオクリップには驚きました。
 興の乗ったメンバー同士が楽しげにチューしてる。最初はほっぺ、しまいにはモロに唇。
 いかに「チュー」というのが歌詞の脚韻だとしても、トップアイドルがここまであっけらかんとオンナのコ同士でチューしちゃうとは。しかもこのクリップ、TVでもかなり流された。最近知ったのですが、このビデオクリップはカラオケでも使われていて、未成年でも誰でもこのチューの映像は拝めるようです。ここのところにわかにカラオケにのめり込んでいる長女と嫁サンも「ヘビーローテーション」をよく歌っていて、そのたびに例のチューを拝むことができます。


 まあ実は、今も昔も若い女性のグループが、そういうネタで衆目を引くという作戦は行われていました。
 1970年代に巨大な人気を誇ったキャンディーズピンクレディーも、グラビア写真やポスターではけっこうアブない構図が多用されていました。手をつないだり腰を抱いたりなんてのはザラで、ほほ寄せ合ったり唇を重ねかけてたりと、相当ラブラブなオンナのコ同士の写真が雑誌で使われていました。
 80年代になると、TVドラマでガールズ純愛ストーリーをやるパターンも出てきました(純愛だからカラミはない)。

 この種の戦略を最初から徹底したのはロシアのアイドルデュオt.A.T.u.です。このデュオは最初っからそういう関係にあるという前提でビデオクリップも楽曲もステージパフォーマンスもガールズキスのやり放題。プライベートでも2人は深い関係にあるということにされていた。
 その後、メンバーが男性と結婚して出産したため、このネタはプロデュースされたものに過ぎなったことがバレたのですが、それにしてもあそこまでロコツにやってくるのは尋常ではなかった。しかもこれが日本も含めて大当たりしたんですな。日本では洋楽アルバム売り上げの新記録を作ったほどです。

 トラブルメーカーでもあったt.A.T.u.は日本の芸能関係者には嫌われたようです。しかしジャパニーズ芸能界は表向きは嫌いながら、戦略そのものはきっちり学習しました。松浦亜弥と藤本美貴のユニット「GAM」が2006年に発表した「メロディーズ」という曲のビデオクリップは、2人のラブラブ映像てんこ盛りで、モロにt.A.T.u.風味。クリップのラストで2人のチューが拝めます。


 ただですねえ。
 GAMあたりまでは、禁断の世界というか秘め事っぽいというか背徳的というか、「あ、アブナい!」ってな感じのある映像なんですよ。
 私が「ヘビーローテーション」のビデオクリップに驚いたのは、その屈託のなさ。彼女たちは実に楽しげで、背徳の香りなんか皆無。
 不思議なことに、このビデオクリップに対してこれといった批判は起きていません。日頃、性教育が過激だとか夫婦別姓はけしからんとか叫んでいる保守派から何かありそうな気もするんだけど、ない。青少年健全なんとか条例を作った東京でも、特に批判はない。同性愛的なものがけしからんといきり立っていたあの石原慎太郎も、何も言わない。東京のカラオケボックスでヘビーローテーションのクリップが全面禁止されているという話も聞かない。
 カネのなる木は大切に、ということなんでしょうかね。


 話はここから、前思春期と大量消費社会という、えらく大げさな展開をします。





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ssh494 テレビを見ない子ども〜テレビの見過ぎですの余白 [メディア論]

◆◆テレビ「ほとんど見ない」子ども、6.6%に急増
 テレビやDVDを「ほとんど見ない」と答えた子どもの割合が2009年は6.6%に上り、2.6%だった前回04年調査の2倍超に増えたことが22日、厚生労働省の「全国家庭児童調査」で分かった。高校生に限ると10.5%で、04年より6.6ポイント増えた。  見ている場合でも、1日の視聴時間は全体的に減少。「2時間以上3時間未満」は3.7ポイント減の26.0%、「3時間以上」は3.4ポイント減の25.8%だった。 
 一方、携帯電話の利用時間は増え、「1時間以上2時間未満」が3.3ポイント増の9.8%で、「2時間以上」が2.8ポイント増の16.7%だった。  調査は全国の小学5年から18歳未満の子どもを対象に5年ごとに実施。今回の調査には1098人が答えた。(サンケイスポーツ 12月23日)◆◆ 

 Good for you! 
 結構なことじゃないですか。
 1960〜70年代には「テレビっ子」とか「テレビ中毒」とかいう言葉がやたらと使われました。 青少年が何かヘンなことをすると、その原因は「テレビの見過ぎ」と論評されました。 
 テレビを見ない子どもが急増なんて、奉祝すべきことです。
 
 ただ、この報道が、テレビ視聴時間の減少をケータイ利用時間と対比しているのはどーかなと思いますね。これだとテレビからケータイに移行したように読み取れる。っつーか、たぶんこれ書いた記者はそう受け止めたんでしょう。 
 でも、増減のポイントを見ると、テレビを見ない層の増加は、ケータイ利用時間を増やした層より明確に多いんです。
 私が通勤中に聴くラジオでも、この記事と同じようなことを言っていました。けど、これはテレビからケータイにメディア乗り換えが行われたというより、単純に「子どものテレビ離れが進んだ」と捉えるべきなんじゃないでしょうかね。
 テレビというメディアからお客さんが離れたとき、じゃあ彼ら彼女らはどの別のメディアに逃げたのだ?としか考えれられないってのは、ちょいと思考が浅いですね。メディアそのものから退避した可能性も考えないと。

  ssh487から続く「テレビの見過ぎです」シリーズは、実は子どもはターゲットにしていません。
  私が意識していたのは、あくまで元若者。より明確には、45歳以上の人たち。
  この人たちは、本当にテレビが大好きです。
  どのくらい好きかって、好きという意識が消えるほど好きです。もはや水か空気のような存在。必要不可欠過ぎて意識すらしていない。

  テレビをあまり見ない子どもたちが成長してくれば、この国の状況も変わってくるかも知れませんね。ちょっと期待。 

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ssh493 社説の読み方〜フクイチ収束宣言編 [社説の読み方]

 12月16日、野田首相が福島第一原子力発電所(以下フクイチ)の事故の収束を宣言しました。
 あ〜良かった、と心底安心したという方、いらっしゃいますか?まさかいないですよね。
 今回の社説の読み方は、そんな「おいおい、収束なんか宣言しちゃっていいのかよ?」という事故収束宣言に関して。
 では参りましょう。トップバッターはsshのアイドル産経クン。

◆◆冷温停止状態 長期戦への覚悟を新たに
 福島第1原子力発電所の事故について、野田佳彦首相は原子炉が「冷温停止状態」に達したとして、事故の収束に向けた工程表の第2ステップの完了を宣言した。大震災で大破した原子炉が、初期の危険な状態から脱したことを意味する大きな節目である。
 来年1月を当初の達成目標としていた第2ステップが、現場関係者らの努力で年内に実現したことを評価したい。放射線による犠牲者を1人も出さずに、重大事故後の原発を安定化させたことは、チェルノブイリ事故と比較しても特筆に値する。
 ただし、冷温停止状態になったことで事故との戦いが一気に終結に近づくわけではない。廃炉までには最長で40年という長い時間を要する。世界に前例のない複数炉の事故を安全かつ確実に処理することは日本の責務だ。政府や関係自治体、周辺住民と国民がそれぞれの立場で、長期戦に取り組む覚悟を新たにすることが必要だ。
 冷温停止は、原子炉圧力容器底部の温度が100度以下に保たれ、放射性物質の新たな放出が抑制・管理されている状態を指す。本来は正常な原子炉の安定状態を指す概念だ。
 福島第1原発の場合は、大津波による全電源喪失で炉心溶融を起こし圧力容器の底に穴が開いた。損傷に伴う発熱は抑えられたとはいえ、正確な状態すらまだ把握されていないのが現状だ。冷温停止に「状態」の2文字が付け加えられているのは、このためだ。
 野田首相は「廃炉と被災者の生活再建に一丸となって取り組む」としており、政府は事故に伴って設定した警戒区域、計画的避難区域の見直しを本格化させる。
 低レベル放射線の健康影響を検討してきた内閣府の作業部会は、避難区域設定基準とした年間20ミリシーベルトを「適切」とする見解をまとめた。避難住民の帰宅や除染作業も年間20ミリシーベルト以下が目安となる。
 除染に伴う廃棄物をどこでどう処理するかなど、難しい課題は山積している。原発周辺の沿岸地域は瓦礫(がれき)撤去が他の被災地に比べて大幅に遅れている。住民が元の暮らしを取り戻せるよう、迅速なインフラ整備が必要だ。
 風評被害などが被災者の生活再建を妨げることは、今後はあってはならない。政府や東京電力には国内と世界に向けての適正な情報発信が求められる。◆◆

 産経クン、収束宣言を評価しております。日頃民主党政権を親の仇のごとく攻撃しているわりには優しいことです。
 この社説で一つほめておきたいのは、「冷温停止状態」というのが「冷温停止」とは異なるものだということを指摘していること。冷温停止状態という用語はそもそも原子力工学には存在しないということまで指摘すればもっと良かったです。
 しかし、例によって雑な部分もちらほら。
 第2段落で「放射線による犠牲者を一人も出さずに」とありますが、フクイチではすでに3人の作業員が亡くなっています。うち一人は急性白血病による死亡です。東電は被曝によるものではないと否定していますけど、相当眉唾じゃないですかね。
 それと、第5段落に「津波による全電源喪失」とありますけど、これもちょっと東電チックでメディアっぽくない。
 フクイチが使っているGE社のマークIという原子炉は、構造的にかなり地震に弱くなってます。津波以前に原子炉の配管が地震で壊れた可能性がかなり高いという指摘がなされています。
 で、この社説の終盤は、ほとんど何も言っていないのと同じです。小論初心者がよくやる、字数をかせぐための「聞いたようなことの羅列」です。
 後半に行くに従って間延びした感じですが、いつものケッサクな産経クンからすると、わりと努力賞です。


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ssh492 伸びるほど、努力はつらくなる [教科学習]

 2012年度センター試験も近づいて来ました。
 毎年のこととは言え、受験生は落ち着かない時期です。
 受験生なれば、ここまでかなり頑張って勉強してきたはずです。
 しかし、直前の今、頑張りの割には点数が伸びなくて困っている、という人はかなりいると思います。

 ここまでけっこう頑張ってきたのに、ここのところ点数が伸びないという人。
 それは、普通です。全然悩む必要はありません。

 私の地元で、よく中学生対象の塾が「当塾で得点が100点アップ!」とかいうチラシを出してきます。
 言っちゃ悪いですが、そんなの簡単ですよ。
 5教科で200点の人間を300点にするのは、さほど難しくないです。
 平均以下を平均にするのは、それほど難行でもないのです。人並みにするだけですから。

 本当に大変なのは、並以上からです。
 例えば医学部医学科への進学を狙う人間は、センター試験で85-90%の得点率が求められます。
 90%というのは、センター試験の7科目900点で、わずか10%=90点しか失点できないということです。
 それはつまり、満点を取れる科目では、絶対に失点してはならないということです。
 満点の取れるテストでは絶対に満点を取る。そういう力というのは、生半可なものではありません。
 ただ「デキる」というだけでは、そういう得点は取れません。

 頑張っているのに、なかなか点が伸びない。
 もしあなたが本当に頑張っているのなら、それは、ある意味、素晴らしいことです。
 あなたは、そういう高いレベルに来ているのです。

 高いレベルの戦いというのは、わずか10点を上げるために、今まで100点を上げるくらいの労力を必要とするものです。
 オリンピックで勝つことを目標としているアスリートは、世界トップレベルの力を持ち、名声もあっても(そのままTVのキャスターになれるくらい有名であっても)、なおかつ禁欲的な努力をします。
 「世界で戦えるのと、世界で勝てるのは全然違う」と、とある世界的なアスリートが講演会で言いました。
 付け加えるならば、世界で勝てるのと、世界で絶対に負けないというのは、さらに全然違うはずです。上に行けば行くほど、求められる力は凄まじいのです。


 頑張っても点数が伸びないのは、あなたの力がついてきた証拠です。
 ここから先は、10の成果を出すために100も500も頑張らねばならない世界です。あなたはそういう未知の世界に足を踏み入れられるだけの力を付けたのです。
 つらいですよ。
 でも、つらいからって、まさか投げ出したりはしないですよね。せっかくここまで頑張ったんですから。

 10の結果を出すための500の努力のために、頑張れ、受験生。 

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学校案内 [はじめての方へ]

2011年12月12日新カテゴリー追加

 本日はssh-スーパー小論文ハイスクールをご訪問いただき、ありがとうございます。ここでは本校の概要をご案内いたします。
 
<沿革>
 sshは2006年10月20日に開校いたしました。開校宣言はこちらを御覧下さい。
 2010年8月、「にほんブログ村」の教育ブログ(教育論・教育問題)および受験ブログ(大学受験)に登録をしました。

<学校長>
 こちらがssh校長先生です。 
11382823.jpg
 校長先生はsshの象徴であり、sshに関する権能を有しておりません。君臨すれど統治せずであります。女性校長です。

<職員>
 私ことshiraがsshの教諭兼養護兼事務兼校用技師兼司書兼その他であります。本業は某都道府県立高校の英語教員です。

<記事番号>
 記事には「ssh1,2,3...」のナンバーがついています。
 ただし、エッセイは「LHR1,2,3...」、ガラクタ写真集は「放課後1,2,3...」となっています。

<カテゴリー説明>
 記事の検索はマイカテゴリーから行うのが便利です。

面接 
 面接試験に関する記事です。心得、実際の質問例など。

志望理由書 
 志望理由書の書き方です。志望理由とは何か?どう書いていけばいいのか?
 sshで一番アクセスの多いカテゴリーでもあります。

小論文
 スーパー小論文ハイスクールのメインカテゴリーです。

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放課後69 [ガラクタ箱]

DSCF0998b.jpg
 ロッジ・キッチンダッチオーブン。雑誌で紹介されていたのを見て10年ほど前に購入。当時はまだ日本ではあまり知られておらず通信販売でしか買えませんでした。最近はスポーツ用品店やホームセンターでも同様のものが売られていますが、多くはキャンプダッチオーブンというアウトドア向けに下部に脚とフタに縁のついたもので、インドア派の私には向いていません。
 オーブンとは言っても、つまりは鋳鉄製のナベ。鋳鉄だからやたらと重たいです。嫁サンは一切手を出しません。
 使い道は煮込み・蒸し物・焼き物・揚げ物などいろいろ。土鍋や圧力鍋っぽい使い方もできます。オーブンと言うだけあって、大昔の「天火」(誰も知らないかな、ガスコンロの上に置いて使うオーブンなんですが)みたいにも使えます。
 いろんな人がいろんな実践例をネットにアップしていて、私もちょいちょい参考にしています。
 私がこれを欲しいと思ったのは、菊池仁志氏(日本ダッチオーブンソサエティという組織の親玉)が書いたエッセイが気に入ったから。それによると、開拓時代のカウボーイが、夜焚いた焚き火の「おき」の中に、肉と野菜と調味料を粗切りにしてぶち込んだダッチオーブンを放り込んで仕事に出かけ、一日の牛追い仕事を終えて帰ってくるとダッチオーブンの中にホカホカのシチューが出来上がっていたと。カウボーイには何の憧れも感じない私も、このナベの自動調理機能には憧れました。

 私がよくやるのは、
・ポットロースト(豚の塊肉の蒸し焼き。長男は「丸焼き」と呼んでいます。)
・ビーフシチュー
・ポークビーンズ(豚肉と野菜と大豆トマト煮)
・野菜と魚介類の蒸し焼き(はやりのタジン鍋みたいな感じ)
 と、どれも仕込みをして火にかけたら後は放ったらかしの「自動調理」ばっかです。それでもけっこうな味にできてしまうのがダッチオーブンのありがたいところです。鉄製ゆえ手入れは少々面倒臭いのですが、まあ鉄のフライパンの特に重いヤツだと思えばいいかという感じです。

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LHR57 Boys should be boys〜長男と次男とオーディオでひと盛り上がりの巻 [エッセイ]

 某月某日夕刻、長女の関係の保護者親睦会があり、嫁サンと長女はおでかけ。家には私と長男と次男の男性軍3名が残されました。


 かつて、まるで音楽に興味のなかった我が家の豚児たちも、一昨年あたりからちょこちょことポップミュージックを聴くようになりました。最近はPSPやiPodにイヤホンかヘッドホンをつないで何か聴いてます。
 そんな彼らが、先日ふと「音質」という言葉を口にした。その時は「別にどうでもいい」とか「困ってない」とか「どれも同じじゃん」というのが結論。
 しかし、オーディオ好きの私はこのやりとりを聞き逃しませんでした。どうでもいいとは聞き捨てならん。本当にいいサウンドというのを一度聴いてみればその違いはわかるはずだぞ。そのうちオレのオーディオシステム(ssh271参照)でドカンと一発ホンモノのサウンドを聴かせてやろうじゃないか。
 加えて、彼らが聴いているCDのサウンドにも結構興味があったのです。J-Popは概して録音がイマイチで、中低音がやせていて高音は歪みっぽく「う〜む」みたいなのが多いのです。しかし中には悪くないのもあって、意外なことに、松田聖子と今井美樹は20年以上の曲でもサウンドは悪くない。そういうわけで、ガキどものCDを書斎のシステムで再生してみたいという野心があったんです。


 女性軍が出払った今日は、計画を実行するには最高のチャンス。PC前で何やら盛り上がっている長男と次男に背中から声をかけます。

私: おい、こないだ音質がどうとか言ってたろ。お前さん達がよく聴いてるCDを貸してみろや。オレのステレオで音をチェックしてみるから。
次男: CDってあんまりないんだよ。借りたのばっかりで。
長男: Uverworldくらいしかないかな。あとTM(TM Revolutionのこと)か。
私: CD-RとかiPodじゃダメだぜ。そのUverworldとTM、貸してみろや。



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ssh491 テレビの見過ぎです(4) [メディア論]

 テレビの見過ぎですシリーズ(ssh487ssh488ssh489)の続き。もう少しだけ、TV的価値観の箇条書きにお付き合いください。

16 TVは相手の気持ちを読む能力を破壊する
 これは、ssh368「『子のつく名前の女の子は頭がいい』再評価」の煮返しです。コミュニケーションにおいては情報を発信する側は、受信する側にとって何が必要であるのかをあらかじめ察知し(例えば子どもがオモチャのケーキを持っていれば、それを口に入れるかもしれないと察知すること)、受信者にとって有益な情報(それは食べられないのよと伝えること)をコトが起きる前に発信している。ところがTVコミュニケーションにおいてはチャンネル権を持つ受信者が主役であり、発信する側に不可欠な察知する能力(金原はPassive Languageと呼ぶ)の涵養を阻害してしまう。結果として情報は後出しとなり、何かが起きてから「なぜ◯◯をしておかなかったのだ!」と批判するような情報発信しかできなくなってしまう。
 ssh338「あとから理由を探すのはバカでもできる、そんなものは論考でも論評でもない」でも、何かコトが起きてからあれこれ理由をあげつらうことのバカバカしさを指摘しました。しかし、そういう情報の事後発信しかできなくなってしまう人間を、TVは生産している可能性があります。

17 TVは記憶を創作する
 TVの訴求力は相当なものです。動画と音声による生々しさは比類がありません。
 それゆえ、TVは私たちの記憶を創作してしまいます。甚だしい場合、人間はTVで見たことを、あたかも自分の経験であるかのように誤解することがあります。
 んなことあるかって?大アリですよ。
 かつて「王貞治は記録に残る選手、長嶋茂雄は記憶に残る選手」というセリフがありました。名言だとされているようですけど、私に言わせりゃ迷言。
 長嶋が記憶に残っているのは、TV中継やスポーツニュースや「懐かしの◯◯」みたいな番組で、繰り返し繰り返し映像が流されたからですよ。あれはTVによる教育の成果です。
 3月11日のことにしてもそうです。津波の映像を繰り返し見た私は、あれをまるで自分の経験のように感じてしまっています。
 しかし、フクイチ(福島第一原子力発電所)の爆発については、それほどリアルに記憶が刷り込まれていません。爆発の瞬間の映像はTVではあまり流れませんでしたから。
 どっちかというと、9.11テロのワールドトレードセンタービルに旅客機が突っ込む映像の方がリアルに記憶されています。あれ随分何度も流されましたからね。
 王も長嶋も津波もフクイチもWTCも、一度もナマで見たことないという点では同じなんですけど。

18 TVは現状認識をすり替える
 記憶を創ることのできるメディアは、現状認識も作り替えてしまいます。
 今、ワールドカップバレーが日本で開催されています。開催国ということと、フジテレビの懸命のプロモーションの甲斐あって、会場はかなり大入りとなっています(バレーボールの普及活動についてはフジテレビは昔からよく頑張っていると思います)。地元日本チームへの会場全体の組織的応援は、ピョンヤンのサッカー応援の次くらいに壮観です。
 当然フジテレビはリキの入った中継をしています。ニュースや情報番組でも日本チームの活躍を知らせようとしています。声援もVTRも日本側のいい面がたくさん流されます。
 すると。試合は完敗なのに、映像は日本のいいとこばっか流れる。何だか負けてるように見えない。
 もっと露骨なのは訃報です。有名人が亡くなると、生前の元気な頃のVTRがいっぱい流れる。事故や自殺でもなければ亡くなる直前はあまり活動してませんから、訃報で久しぶりに元気な姿をたくさん見ることになる。
 すると。すごく生き生きとした感じが伝わってくるんですよ。全然死んでる感じがしない。まるで華麗なるカムバック。
 妙なもんです。


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ssh490 政治家がTV的に価値があることは、選挙以外の利益があるのか? [一般]

 ssh的には「テレビの見過ぎです」シリーズ(ssh487488489)の途中なのですが、どうしても投票日前にアップする必要があるので。


 該当地区以外からも注目されている大阪府知事選挙と大阪市長選挙の投票日が迫ってます。情勢について詳述はしません。
 sshはファシモト、じゃなくて橋下センセイとそのお友達たる「大阪維新の会」が提唱する教育施策にはカンペキに反対であります。ssh457「もし大阪府のタレント弁護士が教育をルールとマネジメントだけで語れると思っていたら」では、学校の式典での国旗掲揚と国歌斉唱の義務づけ法案可決に関しての橋下センセイインタビューを取り上げ、彼が教育をルールとマネジメントだけで語ろうしている愚を指摘しました。
 さらにssh468「大阪府のタレント弁護士とそのお友達が考えるルールとマネジメント教育を要約してみる」では、彼らが提唱する教育基本条例なるものが「国際競争に勝てる人材を育成するために、政治が教育に介入します」ということだけを述べているものであることを指摘しました。
 教育現場で働いている私からすれば、橋下センセイとそのお友達は、はっきり言って純粋なる害毒です。こういう人たちの言うことが実践されたら、公教育は間違いなく腐ります。

 でも、今回はその話じゃありません。


 イナカオヤジのブログを大阪の方々が読んでいるとも思えませんが、それでも私が一言どうしても言っておきたいのは、
 TV的に価値が高い人間が、政治家として果たして有益なのか?ということ。
 もっと言えば、
 政治家がTV的に価値があることは、選挙以外の利益があるのか?


 近年、TV的に最も価値の高い政治家は小泉純一郎と石原慎太郎です。
 では、彼らは有能な政治家であったのか?
 小泉純一郎は、実は自らの支持基盤を固めること=保身になりふり構わない人間でした。
 アメリカの支持を得るためにイラク戦争に協力し、遺族会の支持を得るために靖国参拝を強行し、経団連の支持を得るために派遣労働者システムを改変しました。その結末が今の日本です。
 石原慎太郎も、根は同じです。『NOと言える日本』などという威勢のいい本を書いておきながら、普天間問題でアメリカと対決すべき時になると保身のためにコソコソと尻尾を巻いてしまうだけの姑息な老人です。

 TVの前でカッコよくても、実際の政治の場で、本当に決然と行動すべき時に何もできない。見かけ倒しに過ぎません。

 カッコの良さやTVでのウケのよさは、選挙の時にしか役に立ちません。
 選挙が済んだら、大切なのは政治家としての仕事能力です。それがなけりゃ、どうしようもありません。

 橋下センセイは確かにカッコいいです。新鮮です。TV的にはホントに見栄えがする。
 でも、彼は在任中に大した仕事はしてません。それどころか大切な部分をカットばかりしている。
 財政を良くしたと言ってるみたいですけど、あれ借入金でごまかしてるだけなんで。

 現実世界は、TVじゃありません。
 TV的に価値があれば、現実世界でも有能な人なのか?
 あと1日あります。ぜひ熟慮を。
 

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ssh489 テレビの見過ぎです(3) [メディア論]

 ssh487ssh488の続き。今回はTV的価値観をさらに挙げていきます。
 
11 TVは一極集中と相性がいい
 これはssh488で挙げた「TVは大衆に迎合しやすい」ことから必然的に導かれます。金銭的にも施設的にも規模の大きいTVにとって、一極集中の中央集権システムは非常に好都合です。対して、地方分権は相性が悪い。あちこちでバラバラにTV局があるという状況はあまり現実的ではありません。特に出演者の選定は難しくなります。ローカルアイドルのようなものが一般化しないと、TVの地方分権はおぼつきません。

12 TVは言葉を大切にしない
 これは1〜8からくる必然です。言葉よりも音声、音声よりも映像、長い話はできず、キャッチコピーと親和性が高い。さらに、新聞などの活字メディアと違い、TV放送は録画しなければその場限りで消えます。
 新聞社には校閲という部署があり、記事の細かい字句をチェックしています。出版社もしかり。原稿が印刷されて出てくるまでに、言葉を細かく検証して誤字や誤用を直します。
 TV局には校閲にあたる部署はありません(最近知ったことです。驚きました)。だから次のようなあからさまな誤用もバンバン流れます。(以下すべて最近テレビで聞いた実例)
 「キラ星のようなスター」(キラ星は夜空のたくさんの星の意味なので複数に対して使う)
 「ドイツ・アメリカとの一戦」(一戦は1つの戦い。対戦の言い間違いでしょう)
 「リーグ戦の初戦を突破」(突破は勝ち抜いた時に使う言葉で、トーナメントの時に使うべきもの)
 「こちらが現物です。想像を超える大きさです。」(現物を見ながら想像はできない。「予想を越える大きさ」と言うべき)

13 TVは修飾語句を多用したがる
 一見12と矛盾しますが、これも1〜8からくる必然です。
 キャッチコピーの成功のカギは修飾語句にあります。糸井重里の名を一躍有名にしたのは「おいしい生活」というコピー。ここでは「おいしい」という修飾語を用いたことがカギです。
 修飾語句は、言葉の響きをグッと刺激的にする魔力を持っています。で、実はその割に大した意味は持っていません。要約の実戦トレーニングを解説したssh482でも「修飾語句は90%以上不要情報」と断言しています。
 意味はないのにデコレーションとしては有効なのが修飾語句。修飾語句はあちこちで多用されていますが、特にTVとは相性のいい小道具です。多用の例としては、
 「アメリカとの運命の一戦」(バレーW杯中継でのセリフ。「運命の」はなくてもいい。実際この試合は消化試合だった)
 「懐かしの名場面」(懐かしいかも知れないけど、名場面かどうかは見る人の判断次第。懐かしの場面で十分)
 「あの感動の名作がついに地上波初登場」(要するに地上派での放映は始めてということ)
 「国民的アイドルAKB48」(じゃあAKBに興味ないオレ達は非国民だな @私と息子たち)


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ssh488 テレビの見過ぎです(2) [メディア論]

 ssh487の続き。

 今回は私なりに「TV的な価値観」を探ってみたいと思います。
 
1 TVは書き言葉より話し言葉を重視する
 これはラジオにも共通しています。新聞や書籍では書き言葉こそが最強のメッセンジャーですが、音声を伝達できるラジオやTVでは、耳から入る話し言葉の方がはるかに強力にアピールします。(なおネットの世界では、意外なことに書き言葉が復権しています。)

2 TVは言語よりも音声そのものを重視する
 これも音声を伝達できるメディアの必然です。話し言葉で語られる内容そのものよりも、口調や声そのものの方が強力なアピール力を持っています。誠実な語り手であっても口調がたどたどしかったり、ちょいちょい「噛む」ようだとTVやラジオでは興ざめとなります。言語抜きの純粋音声信号たる音楽や効果音はさらにそれ以上のパワーを持っています。

3 TVは音声よりも画像を重視する
 1と2はラジオにも共通する価値観ですが、3はTVならではのものです。タレントであれば語る内容よりも「しゃべくり」や声、さらにそれよりもルックスが重要。とにかくTV的に「絵になる」存在でなければTVでは売り物になりません。これはアナウンサーでも同じ。極端な話、音声抜きのTVには価値がありますが、画像抜きのTVはひどく価値が落ちます。これはssh487でも触れた通り。

4 TVは静止画像よりも動画を重視する
 これも当然と言えば当然です。TVの画像は動いてナンボです。そのため、TVは静的なものを軽視する傾向があります。風景・絵画・写真・もの静かな人間・たたずまいなどはTVではあまり絵になりません。どうしてもそういうものを映さねばならないときは、例えば遠景からズームアップしていくなど、わざと動きをつけて動画化しています。

5 TVは長い話を嫌う
 TVの中では長い話は嫌われます。たとえ番組の放映時間が2時間あったとしても、1つ1つのコーナーは数分しかありません。しかもTVは非常に時間に厳格です。数秒でも遅れればコマーシャルや次の番組に差し障ります。コマーシャルが放映できなければスポンサーから契約違反で訴えられます。
 TVで何かを語るには、手短にスパッと要旨を伝える技能が求められます。


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ssh487 テレビの見過ぎです(1) [メディア論]

 数年前、受験生向けの英語教材で面白い英文を読みました。出典は某有名大学入試問題。
 内容は、政治家が人気を得るために必要な資質が、メディアの変化によって変わっているというお話。
 
 その文章の筆者によりますと、エイブラハム・リンカーンは演説そのものはあまり上手ではなかった。ついでに言うと痩せ形の彼はルックスもあまり勇ましくなかった。ヒゲを生やしたらもっと見栄えがよくなるんじゃないかという手紙を少女からもらってヒゲを伸ばすことにしたというのはちょっと有名なお話です。
 しかし彼は文章を書くことが非常に堪能で、それゆえ演説の原稿は非常にデキがいい。例のthe government of the people, for the people, by the people, shall not perish from the earth.なんてのは本当に名言ですから。
 当時の主要メディアは新聞でした。だから、彼の評判は声明や演説原稿などが活字で流された部分でなされた。こういう時代においては、文章力は最も重要なアピールポイントるという極めて有力だったのです。

 その後、マスメディアの主流はラジオに移ります。第2次大戦中はラジオこそがマスメディアでした。この時代に最も成功した政治家の一人が、時のイギリス首相ウィンストン・チャーチルです。
 くだんの問題文によると、チャーチルは演説がメチャクチャにうまかった。彼の肉声がラジオを通じて大衆に流されることで、抜群の支持を得ることができた。あれほどのブオトコであったのに(と問題文に書いてあったのですよ)絶大な人気を得られたのは、ラジオ時代ゆえであると。

 で、今日であれば、利口な政治家はスタイリストやプロデューサーを雇ってTVでの人気獲得に務めるはずである、とその文章の筆者は述べていました。

 そして実際にそうなっています。

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ssh486 絶対音感とピカソと文章を書くこと(4) [三題噺]

 ssh479ssh480ssh485と続いた三題噺の完結編です。

 ssh479, 480は、この世界のありのままの姿に人間は耐えきれないということを中心に書いたつもりです。
 世界は極めて豊饒で多面的なものであり、それは人間の理性ではとても消化しきれないレベルである。それはある意味恐ろしさを感じさせるほどであり、生身の人間はそのことにまず耐えられない。言語はそういう「世界」の豊饒さや多面性を去勢して弱体化させ、私たち人間の理性で受け止められるように手なずける武器である。しかしそれゆえ、言語化されたものはナマの世界の持つ豊かさや多面性を伝えることはできず、また理性的にまとめようとしているが故に葛藤という新たな問題も生む。

 ssh485は、ナマの世界の迫力を減圧して手なずける武器は言語だけでなく、絵画や写真や映像も同じであるという指摘から、ピカソはナマの世界の豊饒さや多面性を減圧せずに伝えようとああいうメチャクチャな技法を用いたのではないか、というお話でした。


 さて、課題文の終盤で、筆者はこう述べています。

◆◆筆を下ろすことが大きな試練なのは一列に並べなければならないからである。◆◆

 この地上には数千の言語があると言われています。正確な数は言語の定義や数え方によって異なるので諸説ありますが、5000〜7000くらいというのが定説。
 しかし、そのどれ一つ取っても、2列とか3列で並べられる言語というのは、たぶんないはずです。
 話し言葉のみならず、書き言葉でも、言語は一列に並んでいなければならない。仮に複数の文章が同じ紙やディスプレイに並んでいたとしても、それら一つ一つはやはり一列に並べられているし、読み手は同時に2つ以上の文を受け止めることはできない。

 ところが。
 人間は、言語と全く同じように、ものごとを受け止めたり感じたり考えたりしているわけではありません。

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放課後68 [ガラクタ箱]

 グズグズと更新が滞っているうちに、季節は晩秋。
 今年の秋は気温が高く、11月にしてはずいぶんと温暖な毎日となっていて、亜寒帯に住む私にとってはありがたい限りです。
 そうは言っても秋は秋、亜寒帯は亜寒帯でして、朝晩は冷えます。この時期、コタツくらいはないとやってられません。

 コタツの設置を誰よりも心待ちにしていたのが、我らが校長先生。今回は校長先生のコタツでの幸せな寝姿を3枚ご披露します。
 まずは、人間用ゴロ寝マクラを見事なまでに利用してのウトウト姿。
DSCF0986B.jpg

 こちらは、コタツの中ですっかり暖まって、暑くなって出てきた時のご様子。
DSCF0990B.jpg

 あまり寒くないと、こんな感じでコタツの上掛けに寝転がっております。
DSCF0993b.jpg

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ssh485 絶対音感とピカソと文章を書くこと(3) [三題噺]

 ssh479ssh480で紹介した、中井久夫の書いた課題文。
 これを初めて読んだのは2年前。金沢大の受験準備をしていた生徒の個別指導をしたときです。

 さて、この課題文には続きがあります。(太字は私によります)
 
◆◆しかし、私たちは、言語以前の浮動的で多重的なマトリックス(母胎)状態にとどまるのも苦しい。私たちは、水中でもがく溺れかけた人のように急速に言語世界に向かって浮上しようとしないではおれない。こうして前言語的なマトリックスは言語の衣を着せられてゆく。
 そうなるとマトリックスは、言葉に変換されて、イメージは漢字や知っている同義語、類義語に代わる。外国語が裏打ちされることもある。言葉の並ぶ一種の「パレット」となってゆく。この「パレット」は徐々に言語優位になってゆく。まだイメージがまとわりついているかもしれないが、これも絵画的・模式的にされてゆく。絵画や写真や記憶像は素のイメージではない。それらは、それを減圧し、手なずける人間的手段の一つである
 ここで校庭の情景に一気に戻ると、私には学童たちがみなひらひらする布のようなものを背中につけているように見える。布は名詞の場合には格助詞である。そして、格助詞のついた名詞が組み合わさろうとする。仲良し二人組みという感じである。それがお互いに呼応し合って、もっと大きなグループを作ってゆく。文節、副文章、センテンスだ。その過程で淘汰されて消えるものもある。いろいろな段階で消えてゆく。センテンスも消えたり融合したりする。何とか列らしくなったところで筆を下す。これはセンテンスを書こうとすることである。パレット段階で文字を書いても、それはメモである。この二つは大いに違う。筆を下すことが大きな試練なのは一列に並べなければならないからである。
 同時に二つのことを言えないというのは、大きな限界でもあり、精神の安全保障でもある。世界が同時に無数の言葉で叫び出したら私たちは錯乱するしかない。
 言語の直線性すなわち一次元性は雲のような発想に対して強い規制をかける。言語以前の強烈で名前を持たない感覚を因果律とカテゴリーとによって整理してくれるのが言語表現である。妄想も言語表現であり、その意味では混沌に対する救いではある。◆◆


 実は、指導中だというのに、私はこの太字部分を読んで、いきなり大声で「あ〜〜〜〜〜!」と叫んでしまったのです。

 私が叫んだ理由。
 それは、ピカソの絵についての長年の疑問が、ほんのちょっとだけ解けたような気がしたからです。



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ssh484 憲法違反だと叫ぶ改憲論者 [一般]

◆◆自民党の石原伸晃幹事長は25日午前の記者会見で、政府が国家公務員給与引き下げの特例法案を優先して成立させるため、人事院勧告の実施見送る方針を決めたことについて、「(連合など)組合と妥協したとして労働基本権の制約に代わる勧告を無視することは憲法違反だ」と批判した。
 特例法案には勧告の給与引き下げ分が含まれているとの政府見解に対しても、「乱暴だ。その見解は通らない」と指摘した。(MSN産経ニュース 2011.10.25.)◆◆



◆◆巨人の渡辺恒雄球団会長(85)が菅野の交渉権を得られなかったことについて「ドラフトってのは憲法違反。独禁(独占禁止)法による競争制限。これはもう違法だよ。いくら言ったって誰も相手にしてくれないけど」と声を荒らげて批判した。
 菅野が浪人を選択すれば来秋のドラフトで獲得が可能だが、「そんなことを俺が言ったらエライことになる」と語った。(スポニチアネックス 2011.10.29.)◆◆


 笑わせてくれるじゃないの。
 キミたち、改憲論者じゃなかったの?
 押し付け憲法は変えねばならない、でしょ?
 今の憲法は時代に合わない、でしょ?

 なんでこんな時だけ、憲法をタテに取るの?
 なんでこういうことが恥ずかし気もなくできちゃうのかなあ。

 憲法を変えるべしと主張する立場を取った以上、自分のさまざまな意見の論拠に憲法を使うわけにはいかない。
 正義を論ずるのなら、憲法以外の根拠を使わざるを得ない。
 いくらなんでも、その程度の覚悟はあると思ってたんですけどねえ。何たるガキなオヤジども。


 小論の勉強中の受験生のみなさん。くれぐれもこういうのは絶対にマネしないように。

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ssh483 5th Anniversary [御挨拶]

 10月20日はsshの創立記念日であります。
 おかげ様で本年をもって創立5周年となりました。みなさまのご訪問に心からお礼を申し上げます。

 
 sshが5周年となった10月20日の5日前、私はけっこう大きなanniversaryの行事に関わっておりました。
 高校卒業30周年の記念イベントです。

 私の出身高校は旧制中学からスタートしていて、当年とって134歳という大変なご長寿学校です。建物も何と言うか、無用に立派でして、ほとんど文化財。
 と思っていたら、最近ホントに国の指定文化財になったんだそうで。(写真下)
 010.jpg
 
 さて、ヨソのことは全然知らんのですけど、私の県の高校では、卒業30周年記念行事というのがポピュラーです。高校を卒業して30年経ったら、同期生が集まって何か記念行事を行い、寄付を母校に贈るんですね。
 これは母校でもそうだし、今まで勤務した高校でも大体そうでした。
 現任校は全校生徒を集めて盛大にイベントをやります。その盛り上がりはちょっと気恥ずかしいくらい。

 この種のイベントは、やってみれば旧交も暖まるし楽しいものです。それは当然。
 とはいえ、その準備はなかなか大変です。
 まず、イベントを取り仕切るチームたる実行委員会を立ち上げないといけない。
 で、その実行委員会が同期生に連絡取ったり寄付をお願いしたり文書を作ったり会場を手配したりあれしたりこれしたりそれしたりどれしたりと、やることはいーっぱいあるんです。

 ところが、わが母校は卒業生がほぼ全員大学に進学するような学校。進学するだけでなく、いろんな土地でいろんな仕事に就いちゃう。地元にいる人間は必ずしも多くない。
 実行委員会を引き受けてくれる、動けそうな地元の人間ってのが案外少ない。

 そういうわけで、私にも、お呼びがかかってしまったのです。
 でもまさか断れませんよ。自分も高校の先生なんだし、何より長男が母校にお世話になってるんだから。人質取られてるようなもんです。


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